正直な事を申し上げますと、わたくしは人と目を合わせて会話するのが苦手でございます。常に帽子の鍔を下げ、影を作り、人に見られないように、人に悟られないようにしてきたのでございます。「目は口ほどにものを言う」と、言うことわざの通り、目は言葉にしていないものまで伝えてしまいます。わたくしはそれが怖くて、恐くて、仕方ないのでございます。他人にわたくしの身の内をさらけ出すなど、わたくしにとっては恐怖の対象でしかありませんから。ええ、そうです。わたくしは酷く臆病な人間なのでございます。帽子というわたくしと他人を隔てる壁がなければ、まともに職務も全う出来ない、弱い人間なのです。嗚呼、ですが…………何故でしょう。



「ナナシ様」

「え、あ…ノボリさん?」

「はい、ノボリでございます」

「帽子被ってないから一瞬誰かわかりませんでしたよ」



珍しいですね、そう言ってチョロネコのように目を細めて笑うナナシ様。嗚呼、なんと可愛らしい事でしょう!帽子の影がなくなり、少し眩しさを感じる世界の中で、ナナシ様が一層輝いて見えます。何故だかナナシ様の前では、わたくしにとって必要不可欠な帽子が、煩わしく感じて仕方ないのでございます。



「ナナシ、様」

「はい?」



お呼びすればナナシ様はわたくしの目を見つめてらっしゃいました。ナナシ様の澄んだ瞳にわたくしが映りこんでいるのがぼんやりと見えます。そう、わたくし達は今見つめ合っているのでございますね。恐怖の対象でしかないこの行為に、何故わたくしはこんなに高揚しているのでしょう。わたくしには理解できません。ナナシ様でしたらわかるでしょうか。この高揚が、この感情が、なんなのか。今だけわたくしの心が目を通じてナナシ様に全て伝わってしまえばいいのに、なんて事を考えてしまうのです。



「…ナナシ…さ、ま」



(どうか今だけ、今だけこの臆病者の心に触れてくださいまし)




臆病者の主張






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -