もう二度と会うことなど無いだろうアイツから、久しぶりに会わないかという連絡があったのは一昨日の話。そして『金曜日ならいいよ』と返信した、その金曜日が今日なのだ。待ち合わせ場所は駅前の喫茶店。そして俺はそこが大嫌いだった。




薬指と真実




少し分厚い扉を引くとカランカランと重めの鐘の音が響いた。くるりと周りを見渡すと、いた。店の奥のほうで一人コーヒーを啜っている。

「…よぉ」
「不動…久しぶり」

ガタンと向かいの椅子を引いて腰を落とす。コイツは昔と変わらない、目を細めた笑顔であいさつを返してくれた。
やっぱり店も鬼道も昔のまま、何も変わっていなかった。落ち着いた色のテーブルと椅子、綺麗に磨かれた窓。壁にかかった絵。それらが全部あの日の事を思い出させようとする。ああ、そういえばあの日もこんな曇天だっただろうか。

「…あの日も、此処だった」
「……あぁ」

あの頃は、本当にこいつのことが好きだった。いつまでも一緒にいたいと、そんな事まで願ったくらいに。しかし、そう上手くもいかなかった。所詮俺達は同性で、認められない恋な訳で。鬼道も家が家なもんだから、跡取りも必要なんだろう。そして俺達は別れる事を選んだ。俺達といっても、俺が一方的に別れようと言ったのだけれど。ずっとそれを拒んできた鬼道はやっと諦めたようで「さよなら」を言ったのがこの店でだったのだ。

「…今でも思い出せる」
「…」

鬼道の発言に何も言えなかった。思い出すと今でも悲しみで胸が苦しくなる。だんだんと周りの空気が重くなっていっているような気がして、話題を変えようと口を開いた。

「そういえば今日はどうしたんだ?」

まさかこんな別れた日の話をするために呼び出した訳じゃないだろう。鬼道はというと、言うことを少し躊躇ったようにコーヒーカップへと手を伸ばした。取手を握ったと同時にカチンとガラスと固い何かがぶつかりあう音がして、ん?と首を傾げた。そういえばさっきからテーブルからカチカチと音がしていた。
まさか。
そう思って見た奴の左の薬指には綺麗な指輪がきちんとはめられていた。

「…結婚するんだ」
「…っ」
「お前にだけは…言っておきたくて」

ガラガラと何かが崩れ落ちたような気がした。
相手はどこかの財閥の令嬢で、家事も出来て学もある、しかも美人らしい。そんな女と結婚なんて喜ばなきゃいけないのに、鬼道は浮かない顔をしている。

「そんな暗い顔すんなよ」
「…っ俺は本当はまだ」
「言うな!」

咄嗟に言葉を遮った。その先は言ってもいけないし、聞いてもいけない。
俺だって、まだお前の事――。
ガタンと椅子を引いて立ち上がったその瞬間、またあの日のことが脳裏にちらついた。あの時も俺が先に席を立って、捨てられた子犬みたいな顔した鬼道を見下ろしていた。

「幸せになれよ」

ふいと体を翻して、またあの分厚い扉を開ける。もう此処へ来ることはないだろう。背中で重い鐘の音を聞いて、すぐに早足で家へと向かう。途中何度もつまずいて転けそうになったけど、その度に立て直してやっとたどり着いた。
部屋のノブを回して、玄関に倒れるように入る。堪えていた涙が、ダムが決壊したみたいに次々に溢れてきた。

「ふ、うぅ…」

そんな薬指の指輪なんて、知りたくなかった。美人でなんでも出来る人が嫁なんて、知りたくなかった。

「ひっ、う…あぁ」

俺がまだ鬼道の事を好きだったなんて、知りなくなかった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -