「見たんだ」
お前が浮気してるとこ。
隣からはっと息を呑む音がした。
薬指に幸せはあるのか
「浮気…?」
手を組むとその上に顎を置いて考え込むふりをする鬼道。まるで自分には全く心当たりが無いみたいな演技だ。んなことしなくても問い詰めたりしねーのに。
「本当は最初からわかってたんだよ。同性愛なんか苦しいだけで無理だって。それでも離れたくなかったんだ。お前の側にいたかった。…でも女と笑いあってるお前を見て確信した。一緒に居たいなんて、ただの俺のエゴだったんだ。お前は女といたほうが幸せなんだよ。だから…別れよう」
鮮明に焼き付いている、あの時の鬼道と彼女の笑顔。街中で笑いあう二人はどこからどうみても恋人同士だった。
俺にはあんな事出来ない。
浮気に対しての怒りよりも、ただ当たり前のように鬼道の隣に居れる彼女が羨ましいという感情のほうが大きい。
俯いているため鬼道が今どんな表情をしているのか知らない。きっと頭の中は浮気がバレたことでどうしようって焦ってんだろうな。
左の薬指でシルバーリングが少し控えめにきらりと主張していた。これは確か付き合って一ヶ月の記念日に鬼道がくれた、ペアリング。
それを外すと机の上にカタンと置いた。
「これ、返す」
「っ不動!」
帰ろうと立ち上がった瞬間手首をギリと強く掴まれた。
「っ痛…、なに」
「待てよ!」
誰が待つもんか。
力強く腕を振り払ってテーブルの上の指輪をぎっと睨んだ。もう二度と此処には来ないだろう。
指輪から目を背けて扉のノブに手をかけた。
「ばいばい」
大好きだったの言葉は声にならなくて静かに口の中に消えた。