∴火点し頃



屋根を叩き付ける雨の音に目を覚ました。再び目を閉じたが、なかなか睡眠には至らない。
掛け布団を捲り体を起こす。おやすみと言葉を交わしたのは数時間前。きっと士郎も眠りの中だろう。
もしも自分と同じく起きていたら…などと考えながら、そっとドアをノックする。眠っていれば気付かない、起きていれば気付くであろうトーンで。
反応が戻って来る事にはそこまで期待はしていなかったが、意外にも直ぐに返事が聞こえた。

「起きてた?」

問い掛けると士郎がドアを開けてくれたが、その手には本が収まっていた。

「あ、ごめん何でも無いんだ」

「そう?」


真夜中に呼び出しておいて何でも無いなんて不自然だろうが、読書の邪魔はしたくなかった。


ココアを注いでテレビを眺める。チャンネルを回してみても、この時間は砂嵐か通販番組ばかり。リモコンをテレビに向けながら溜め息を零した。
せっかく用意したココアを飲みもせずに、ただ時間が過ぎるのを待つ。マグカップの中を覗いていると、わだかまりを沸々と感じた。雨は睡眠を溶かしてしまったが、もやもやはマグカップの中に溶けてはくれない。


「どうして俺じゃないんだよ…」

情けない。本に嫉妬するなんて。士郎も雨の音で目が覚めて、読書しようと思ったんだろう。それだけなのに、なかなか心が晴れてくれない。俺を選んで欲しかった、そんなの我が儘じゃないか。
既に外は小雨になっていて、ココアは冷めてしまっている。レンジで温め直そうかと考えていると、キッチンに士郎がやって来た。

「敦也の部屋に居なかったから、来ちゃった」
「本は読み終わったのか?」
「続きは明日。あ、僕もココア飲もうかな」


レンジで温められているココアを見詰めながら邪念を取り払おうとするが、上手く行かない。

「恥ずかしいな」
「どうして?」
「本に嫉妬してた」
「やっぱり用があったんだね」

頷くと堪えかねて士郎に抱き付いた。

「もし起きてたら話したいと思って士郎の部屋に行ったんだ」
「僕達って似た者同士だよ」


士郎の顔は赤く染まっている。

「本を読み始める前にね、敦也の部屋に行ったんだ。雨の音で目が覚めちゃって。でも敦也、寝てたから…」

俺の顔も真っ赤だ。ますます恥ずかしくなる。


「ごめん!本っ当にごめん!」
「あは、気にしないでよ。そうだ、そのココアちょうだい?僕が作るココアは敦也が飲んでね」


すっかり眠気が消えてしまったのも、互いに同じらしい。
さあ、数多の言葉を交わして朝を迎えようか。






十字街/丹霧さんから




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