(別れ話)






「もう飽きたんだ」

カランとグラスの中の氷が涼しい音をたてた。店内はそんなに人は多くなく、静かでゆったりした音楽が流れている。
不動はその日、恋人である鬼道に電話で呼ばれた。そしてこの店に来たのだが。







『もう飽きたんだ』

来てそうそうこう言われた。当然不動はなんのことかわかる筈もなく、ただ「は?」と答えた。
「だから飽きたんだ」
「はぁ」
「だから、別れよう」
「いいよ」
じゃあそれだけだ。
がたんと席をたってだんだん遠くなっていく背中。多分これで見ることはもう無いだろう。チリンチリンとベルが鳴って、ガラスのドアの向こうに消えてしまった。
あ、そういえば「ありがとう」も「バイバイ」も言ってなかったな。
ツツ…と涙が頬を伝った。声を殺して泣いた。


















ヴー、ヴーと携帯のアラームで目が覚めた。枕が濡れてる。目尻には涙のあとが残っていた。
まだあの時の夢を見るなんてな。
自嘲気味に笑って隣を見る。やはりアイツはそこにはいなかった。あれから1、2年はたつ。
今でもあの時何故『うん』と言ったのかと後悔するときがある。いくら泣いても慰めてくれたアイツはいない。あの綺麗な赤い瞳は俺を映すこともない。綺麗な手も広い背中も何もかも、もう触れれない。
なぁ、鬼道くん。
「…今でも好きだよ」



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