最近お前おかしいぞ。
そう言ってまた一歩近付いて俺を壁に追い詰めた。背中にはひやりとした固い壁があり、もうこれ以上下がることは出来ない。でも目の前には剣城がいるし、唯一の選択肢だった逃げるを失ってしまった俺にはどうすることも出来ない。俺は真っ直ぐにこっちを見詰めてくる剣城の視線から逃げるように俯いた。


話があるから残ってろと剣城に言われたのは、部活での休憩の時だった。だいたい何の事を言われるのか検討がついていたから、あまり残りたくなかったけど、剣城が断るのを許さないみたいな妙な威圧感をかけてきたから、俺は仕方なくうんと頷いた。(やっぱりあの時無理だと断るべきだったと今激しく後悔中)部活が終わって先輩達も信助達も帰って皆いなくなると、剣城は俺を壁に追い詰めた。そして「最近お前おかしいぞ」と言って、冒頭つまり今に至るわけ。
最近ってことは、剣城はちょっと前から俺が調子悪いのに気付いてたって訳だ。それを何故今日言うのかというと、多分さっきの部活があまりにも酷かったからだと思う。パスもミスばっかりだったし、得意なドリブルでさえボールを簡単に取られたり、とにかく酷かった。信助には笑って誤魔化せたけど、どうやら剣城にはそれは通用しないみたい。剣城にはなんでもお見通しなんだなあ。でもそんな剣城でも、俺が最近部活に集中出来ない理由をきっと解らないんだろうな。俺はなんだかそれが悔しくて剣城の足を踏んでやった。


「てめぇ何すんだ」
「だって剣城が解ってくれないのが悪いんだ」
「ハァ?何の事だよ」
「ほらわかんない」


俺は肩を竦めてやや大袈裟に溜め息を吐いた。それに剣城は気を悪くしたのか理由を言えと凄んできたけど、俺は口をつんと閉じてそっぽを向いた。…だって本当に下らない(俺にとったらあまり下らなくない)し女々しい理由だから、言ったら笑われそうだもん。それに大好きな恋人の悩みなら気づいてよ。剣城って本当こういうところ鈍感だなあ。「俺に言えない事かよ」
「そ、そうだよ…。剣城には言いたくない事だもん」
「へえ…」


面白くなさそうに返事をした剣城からは、明らかに不機嫌オーラが出ていた。言わないことに怒っているのはわかってるけど、言いたくないんだから仕方ないだろ。上から見下ろして、妙に威圧感を出してくる剣城に対抗してこっちも睨み返してやった。ふっと鼻で笑われたところを見たら全然怖くないんだろうけど。カチンときたから「ばかにすんな」と言ってやろうと口を開いたけど、改めて気付いた剣城との顔の距離に怯んで言葉を呑み込んでしまった。更にとんと顔の横に手をつかれて更に互いが密着して、学ランが揺れた時に鼻を掠めた剣城の匂いにどきりとした。


「言えよ」
「や…やだ」
「天馬…」
「っ、」


剣城って狡い。俺が天馬って名前で呼ばれるのに弱いの知ってて、こういう時だけ名前呼びするなんて。やっぱり剣城は狡いよ。俺は悔しかったから、また剣城の足を踏んだ。さっきよりも少しだけ強く。そしたら剣城が顔を痛みに歪めて口を開いた。「おい、」だけど俺はその言葉をちゃんと聞く前に遮って言ってやった。


「剣城は俺のことちゃんと好き?」


じっと真っ直ぐに剣城を見詰める。暫くして返ってきたのは予想通りの「はぁ?」という間抜けたものだった。そして訳がわからないという表情で此方を見詰めてくる。剣城は何も言わないけど、きっと俺がその理由を言うのを待っているんだろう。目は口ほどに物をいうってやつかな、ちょっと目が怖いよ。


「だ…だってね、俺達って付き合ってるだろ。でね、剣城がちゃんと俺のこと好きなんだってわかってるんだけど、ほら、剣城好きって言ってくれないじゃん。いっつも好きって言うのは俺だし。…いや、剣城がそういうこと言わない人だってことは分かってるよ?でもやっぱり俺心配なんだ。剣城のこと信用してない訳じゃないんだよ。だけどね、駄目なんだ。不安なんだ」


今まで言いたかった言葉が次々に数珠繋ぎになって出てきてちょっとびっくりした。こんなに長くて日本語があやふやなのに、俺が言っている間剣城はずっと黙って聞いていてくれた。
それから俺が言い終わって黙ると、今度は剣城が口を開いた。


「好きだ」
「え…」
「ちゃんと松風のことが好きだって言ってんだよ」「……!」

思わず剣城に抱き着きそうになったが、寸前のところで止まった。だってそんなの恥ずかしいじゃん!そりゃ剣城に好きって言われて嬉しいけど…。なんて考えていたら、剣城が難しい顔をして「いや、違うな」と呟いた。何が違うんだろうと首を傾げて顔を覗き込むと、剣城は笑いかけるみたいに琥珀色の目を細めた。


「愛してる、だった」
「…つ、つるぎぃ!」


とうとう色々我慢出来なくなった俺は、少し照れ臭そうに笑う剣城に思いっ切りタックルをお見舞いしてやった。剣城大好きー!なんて馬鹿みたいに叫びながら。








/もう一度きみの不器用な愛してるが聞きたい

ダイヤの原石様に提出。
素敵企画に参加させて頂き、どうもありがとうございました^^



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