年齢操作





毎年この日になると街路樹がイルミネーションでキラキラになって、赤と緑に町は染まる。この駅前の大通りも恋人が仲良く寄り添って歩いている。その恋人達がクリスマスの日はいつもよりキラキラ輝いて見えるのは気のせいなんだろうか。
一人花壇に腰をかけて、はぁと吐き出した息はもうすっかり真っ白だった。携帯を見て時間を確認すると、待ち合わせ時間のまだ10分くらい前で、少し早く着きすぎたかなと少し後悔する。携帯をしまってふと仰ぎ見た空は雲で覆われていて、今にも雪が降りそうだった。

「きーどぉー」
「ん…不動」

声のしたほうに首を回すと、寒そうにコートのポケットに手を突っ込んだ不動が立っていた。もともと寒がりのこいつはいつもより厚着で、マフラー二本巻きにニット帽を被って、それでもまだ震えているのだから相当な寒がりなんだろう。

「メリクリー」
「メリークリスマス…さて、行くか」
「早くしねーとな」

それから俺達がこれから観に行くホラー映画のチケットを二枚、ピラリとポケットから出して不動は笑った。その映画はテレビで何回か予告を観たことがある、何やらシリーズ物の映画らしく、それが結構人気みたいなのだ。俺は全く知らないが…
そもそもこの映画を観たいと言ったのは不動だ。こういうホラー系が好きな不動とは違って、あまり興味のない俺は別のにしたいと言ったが、俺の意見は無視され勝手にこれにされてしまった。しかもチケットは既に二枚購入済みというのだから驚きだ。

「やけに今日はテンションが高いんだな」
「あったり前だろー楽しみなんだよ」
「そうか、よかったな」

早く早くと冷たい手を引いて急かす不動は見るからに浮き浮きとしていて、正直子供みたいで可愛いと思った。それを言ったら怒るから言わないけれど。そんな子供みたいな不動のお陰で、予定より少し早く劇場に着いてしまった。

「ポップコーン買え!」
「はいはい」
「あとコーラも!」
「はいはい」

店員からポップコーンとコーラを貰うと、不動はさっさと先に奥へ行ってしまった。チケットを持っているのは不動だから、俺は自分の座席を知らないのに、先に行かれたら困る。少し小走りになって追いかけると、眉間にシワを寄せた不動に遅いと言われてしまった。何もそんな急がなくても…そう言うときっと怒られるから言わないけれど。

「俺こっちな」
「ああ」

薄暗い劇場で、少し固めの椅子に腰かけて宣伝を見ながら待っていると、ようやく本編が始まった。ふわりと零れる欠伸を手で覆って、心の中で眠ってしまわない事を祈った。



***



「珍しく鬼道くん起きてたねー」
「あぁ、まぁな…」


劇場の出口にあるゴミ箱に空箱を捨てて、寒い外へ出た。ヒュウヒュウと冷たい風が容赦なく頬を刺す。不動のコートの裾がハタハタとはためいて、ぶるりと寒そうに体をふるわせた。

「さっぶ!どーする?」
「ん…家に来るか?」
「おぉ、早く行こーぜ」

向かい風に逆らってぱたぱたと走っていく不動の背中を、小走りで追いかけた。こんな綺麗なイルミネーションなんだから、ゆっくり見て歩きたいのに。言ったらきっと、風邪引くとかなんとか言われて怒られるんだろうけど。くねくねと細い道を走ると、だんだん俺の住むマンションが見えてきた。
早く早くと急かされて鍵を開ける。開けるや否や不動は玄関に飛び込んで、エアコンのスイッチを押す。その行動の速さに苦笑しながら、コートを立て掛けてリビングのソファに並んで座った。


「あっこのシーン怖かったよなぁ、あの風呂場んとこ」
「そうか?だいたい読めたが…」
「…鬼道くん冷めすぎ」

それから映画について話していたが、だんだんと話すことも無くなってきて、ついに黙ってしまった。しんと静かな部屋に重い沈黙が流れる。時計の針の音が気になって目をやると、短針は11を指していた。秒針が進む度に鳴るカチ、カチ…という音が煩わしい。なんだか気まずくなって、口を開こうとしたその時だった。

「…幸せなんだ」
「…え?」

ぽつりと不動が呟いた。

「幸せすぎて怖いんだ」
「……」
「…いつまでこの幸せが続くんだろうな」
「………」

不動はこういう話が嫌いな癖に、よく自分から持ちかけてきては、勝手に寂しがったり泣いたりするから困る。いつもは抱き締めてあやしてあげるが、今日は俺はそれをしない。代わりにソファの影に隠していた小さな箱を渡した。
なにこれと言いたげな顔をしている不動に、黙ってこくんと頷いた。ぱかんと音をたてて箱が口を開ける。その中心には静かに指輪が鎮座して光を反射していた。

「ずっと続くに決まってるだろう?」
「……ばかやろう…」

ぼろぼろと止めどなく溢れる涙を指で掬った。カチリと時計の針が音をたてる。静かな部屋に12時を知らせる鐘の音が響いた。








剞^っ白のポインセチア

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