イルミネーションでキラキラ光る街路樹が両脇に立っている大通りを一人、ざくざくと雪に滑らないように慎重に歩く。今の季節になるとクリスマス一色に華やいで、どこの店の前にもポインセチアやクリスマスツリーなどが飾られている。

駅前ではチラシ配りのバイトの人が立っていて、いつもならそれをスルーするのに今日は何故か貰ってしまった。すぐに捨てようかと思ったが、折角貰ったし…と軽く一瞥する。その広告に軽く視線を滑らせていると、そこに書かれてあるキャッチフレーズか何かに、じっと目が止まった。

「…なーにが恋人と二人っきりで過ごすクリスマスーだよ。んなモンなくなればいいのに」一気に苛立ちが込み上げてきた。恋人という二文字に今絶賛喧嘩中の南沢さんの顔がぱっと脳裏に浮かんだからだ。ぐしゃりと無意識に広告を握り締めていて、いつもなら隣にいる筈のあの人を思い浮かべた。






俺と南沢さんが喧嘩したのは、今日の学校の帰り道での事だった。理由なんて覚えていないけど、どうせ下らないことだった気がする。でもその時はいつもみたいな、よくある小さな喧嘩だったのだ。問題はその後、南沢さんは「クリスマス一緒に遊ばない?」なんて言ってきた女子の誘いを俺の目の前でオッケーしやがった。顔も見たくないほど腹がたったから、先に走って帰ってきてやった。明日はクリスマスという恋人の一大イベントだってのに、しょうもない喧嘩をするなんて。
それでもあまりに酷すぎやしないか。本当なら明日は俺と南沢さんのどっちかの家で家デートだった筈なのに。

「馬鹿み沢…」

あんな奴もう知らねー。











そして今日、ついにクリスマスがきた。昨日から降り通しの雪のせいで、外はそれなりに積もっている。一応監督の報告を聞くために部室には来たが、今日は明らかに無いだろう。適当にイスに座って浜野と速見の会話を聞いていると、自動ドアが開いて督が入ってきた。

「えー、今日は雪だから部活は無しだ!折角のクリスマスだから皆楽しめよ、以上!」
それだけ言うと髪を揺らして颯爽と部室から出ていった。一瞬シンとした部室内に再び賑やかさが戻った。

「やっぱり今日無かったですね」
「ちゅーことで早く帰ろうぜ!あ、倉間は南沢さんと帰るんだろ?俺ら先に帰るから、じゃーなー」
「じゃあお先です」
「あっ、ちょ…」

二人はさっさと行ってしまった。南沢さんと帰るんだろって言われても…そういえば此処に南沢さんの姿は見当たらない。ああ、今頃女の子たちと遊んでるんだろうなぁ。


『神童、今日どうする?』
『俺の家に来るか?』

『剣城!この後どこ行くー?』
『あぁ?どこでもいいよ、お前の行きたいとこ』
『わーい剣城好き!』


…あれ、何これ。神童も霧野も剣城も松風も浜野も速見も、周り皆リア充じゃねぇか。しかもクリスマスという行事をしっかりと楽しもうとしている。なんだよ、今頃俺だって南沢さんとどこ行くだの何するだの言いながら楽しく笑いあっていた筈なのに…。

「あれ、倉間南沢さんは?」
「………女のとこ」
「え…?」

訳がわからないといった顔をしている霧野を、キッと睨み付けて「このリア充共が!」と叫んで、走って部室を出た。
ひゅうひゅうと冷たい風が雪を乗せて頬に当たる。冷たい雪が頬で溶けてチリチリと痛んだ。
いや、もうそんなのいいから早く家に帰りたい。家に帰って南沢さんのことは忘れて、ヒーターの前でずっとゲームしていたい。あーあ、八つ当たりとかホント子供みたいだ。だから子供だなんて南沢さんに馬鹿にされるんだ。
…なんて、足元もしっかり見ずに走っていたのが間違いだった。急に足元でつるりと滑る音がした。

「ぅわ!?」

視界がぐるりと回転してコンクリートに思い切り尻餅をついた。しかも手をついたところに運悪く水溜まりがあって、バシャンと水しぶきが制服に飛び散った。雪のせいで廊下が滑りやすくなってるなんて事を俺はすっかり忘れていた。

「…あーあ、」

ホント昨日といい今日といい最悪だ。折角のイブに南沢さんと喧嘩はするし、南沢さんは女と一緒に遊びに行くし、霧野達に八つ当たりするし廊下では滑るし制服も鞄もびしょびしょだし。

「〜〜っ」

目頭が急に熱くなって奥から涙がぶわりと溢れてきた。こんな所で滑って、しかも泣くなんてどこの小学生だよと笑いたいけど、上手く笑えない。こんな時南沢さんがいたらなんて言うだろう。『ばーか』って言って、笑って手を持って立たせてくれるんだろうか。…なんて事考えたって、今ここには『ばーか』って言う南沢さんもいなければ、笑って立たせてくれる南沢さんもいない訳なんだけれども。
俺は今頃よろしくやってるだろう南沢さんを想って、心の中で呟いた。「俺アンタいないと駄目みたいなんで、謝るから早く来てください」と、そしたら。

「…お前なにやってんだよ」
「……?」

突然上から言葉が降ってきた。ぼーとし過ぎて人の気配に気が付かなかったようだ。その人は俺の腕を掴んで立たせてくれると、あからさまに大きく溜め息を吐いた。…どうやら本当に来てくれたみたいだ。

「みなみさわ、さん…」
「バカじゃねーの?てか何泣いてんだよ」

泣いていることを言われてぐしぐしと袖で目を擦って俯いた。少し強く擦りすぎたかも、ヒリヒリしてる。

「…なんでいるんすか」
「誰かさんが早く来いって呼ぶからだろ」
「別に…いいですから、もう行ってください。ありがとうございました」
「ハァ?ちょっと待てよ」

一応立たせてくれた事に礼だけ言って、南沢さんの脇を抜けてその場から逃げようとした。しかしそれも制止の声と共に後ろから腕を掴まれてしまい、更に強く引かれて向き合う形になってしまった。
俺は俯いていた顔を上げてキッと南沢さんを睨み付けた。今日初めて見た南沢さんは心底鬱陶しそうな顔していて、また昨日の怒りが沸々と沸き上がってきた。鬱陶しいなら放っておいてくれたらいいのに、なんて呟いたら聞こえなかったのか綺麗にスルーされた。

「…行かないんですか?」
「あぁ、断ったんだよ」
「なんで…」

それを聞いて南沢さん。ハァ…とまぁ本日二回目の溜め息をいただきました。やっぱり、鬱陶しいなら放っておいてくれたらいいのにって思う。掴まれている腕を強く振ったけど、放してはくれなかった。

「やっぱり一緒に居たい奴がいるからって」
「……?」
「お前だよ馬鹿」

突然ぱしんと頭をはたかれた。びっくりしてきょとんとしていると、南沢さんは下に落ちている鞄を拾ってくれた。それを両手で貰ってありがとうございますとお礼をしようとしたら、南沢さんは俺の腕を掴んだまま、スタスタと歩き出した。…本当この人のやる事はいきなりで困る。そういえば今気づいたけど、俺達って喧嘩したままじゃん。見ろよ、あっちもこっちも仲の良さそうな恋人ばっかじゃねーか。

「あ、あの…南沢さん」
「ん?」
「昨日はその…ごめんなさい」

いつまでもつまんない意地張ってる場合じゃない。だって俺は、南沢さんがいないと何も出来ないんだってさっき自覚したばっかだろ。

「…俺から言うつもりだったのになァ」
「え?」

足を止めて、くるりと振り向いた南沢さんの顔は少し赤くて、困ったように笑っていた。それから「これは俺から言うから」と言って、耳元に口を寄せると。

「好きだよ、ばか倉間」
「な…!」
「ほら、俺ん家行くぞ」
「…えっ?」
「服、着替えないとマズいだろ。何、それとも期待した?」

にやにや笑う南沢さんの腕をばしばしと殴って必死に否定した。期待なんかしてねぇよ、ただちょっとそうなんのかなって思っただけだ。

「大丈夫だって…ちゃんと倉間の期待する通りにシてやるから」
「なっ…だ、大丈夫じゃねぇっ…このエロみ沢!ばかみ沢!」
「はいはい、楽しみにしてな?」
「〜〜し、死ね!」
結局俺はロクに抵抗も出来ないまま家に連れ込まれて、南沢さんによって美味しく頂かれてしまった。







凾サうね、クリスマスだもの

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