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はぁ。と重く吐き出した息はすっかり白くてぷるりと体を震わせた。やってしまった。不動は数分前の自分を少しだけ呪って再び溜め息を吐き出す。喧嘩の原因は些細なものだった。それがあんな大きな事に発展して苛々して薄着のまま鬼道の部屋から飛び出したのだ。駄目だ、このままだと風邪を引いてしまう。財布や鞄やらは全部鬼道の部屋で家には帰れない。ポケットを探るとひやりとしたものが指にあたって取り出してみると100円硬貨が一枚ぽつんとあった。思わず頬が緩む。これで何か温かい飲み物でも買おうと自販機を探すと調度よく公園を見つけた。がさ、がさ。枯れ葉を踏むのは嫌いじゃない。八つ当たりの気持ちを込めてざっと落ち葉を蹴散らすと、それらはひらひらと舞って地面に落ちていった。


100円で買える自販機の飲み物には限りがある。勿論100円オンリーの自販機もあるが、これはそんな優しい自販機なんかじゃなかった。100円で買えるものといえば、一番上にずらりと並んだ小さな缶コーヒー。その他は110円や150円で、不動の欲しい物も110円の中に入っていてチッと小さく舌打ちをすると、思い切り顔をしかめた。苦いものが苦手な不動はコーヒーが飲めないのだ。何故10円が無いんだ。ああ駄目だ寒い死ぬ。不動は自販機を諦めると近くにあったベンチに腰掛けて空を仰いだ。空はどんよりと曇っていて嫌な天気で、まるで今の俺みたいだと不動は思った。ずずっと鼻を啜って泣きたい気持ちを必死に堪える。

「…おい」

ぱっと灰色の空が隠れて声と共に鬼道の顔が目の前に現れた。にやりと笑って「よぉ」と言ってやると鬼道は呆れた顔をして、はぁと溜め息を吐いた。風邪ひくぞと言うと隣にすとんと腰を落として不動にコートと温かいペットボトルのりんごジュースを渡した。

「…ありがと」
「風邪、ひかれても困るからな」

あ、そんなのもう手遅れだ。カラカラと笑うとペットボトルのキャップを回してひとくち、ふたくちと飲み込んだ。熱くて甘酸っぱいりんごが喉に染み込んで少し痛い。コートを羽織って少し首を傾けて見上げた空はやっぱりどんよりした灰色だった。鬼道はベンチから立ち上がると軽く伸びをして、不動の前に手のひらを差し出した。「帰るぞ」ということだろう。無意識に伸ばしかけた手をつい、と引っ込めて唇を噛みしめた。帰らない。と格好悪くまだ意地を張って、ほんと子供みたいだ。鬼道は黙ったままだが、段々苛ついてきていることがわかった。そろそろ何か言わないと。そう思って口を開いた時だった。

「すまなかった」

耳に入ってきた声は俺のものじゃなくて鬼道の声だった。顔を上げようとした瞬間、半ば強引に手を引っ張り上げられてぐらりと前に体制を崩しかけた。あぶねぇな。そんな俺を気にも止めずにがさがさと落ち葉が積もった道を先に歩いていく。鬼道の手あったかい。そういえば外で手を繋ぐのなんて久しぶりかもしれない。自分より少し高い体温がいとおしくてなんだか喉の奥がざわついた。

「ごめん」

ぽろり。喉につっかえていた言葉があっけなく口から溢れ落ちた。前を歩いていた鬼道は一度止まってくるりと振り返る。何を言われるんだろうと思ってじっと鬼道を見詰めるていると、突然ふわりと目を細めて笑われた。心臓がどきりと跳ねて思わず固まってしまう。鬼道は頭をぽんぽんと叩くと「いいから帰るぞ」と言ってまた歩きだした。今度は歩幅に合わせて横に並んでくれている。


左手は温かいりんごジュース。
右手は温かい鬼道の手を握りながら二人並んで家へと帰った。







刮キかいてのひら

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