ドラマとか映画とかって皆恋人に好き好きって割りと簡単に言ってるけど、あれってそんな簡単に言えるもんじゃないよな。っていうか、好きってそんなに言うもんじゃないだろ。だってさぁ、そんなにぽんぽん好きって言ってたら軽すぎねぇ?ってなるし。だから俺は好きって言わないだけであって、決して言えないとかそんなんじゃあない。そんなんじゃあないんだ。


「……っていうのは嘘でー、どうやったら南沢さんに好きって素直に甘えられるのか教えてくれよ」


先ほど購買で買ってきたサンドイッチを頬張りながら、目の前で面倒臭そうに顔をしかめる二人を見詰めた。

俺がこの二人にこんな相談をするのには、ちょっとした訳があった。それはつい昨日のこと。部活が休みだからと、南沢さんと久しぶりに遊んでいた時だった……って別にそんなにたいした理由でもないから。ただ南沢さんに『倉間もたまには素直になったらかわいいのに』なんて言われたからだけ。
何時もの俺だったらそんな言葉軽く流してるのに、何故かあの時はそれが出来なくて、そのまま引きずってまあコイツらバカップルに相談したってわけだ。だってもうコイツらのラブラブっぷりは頭が痛くなる程だからな。そこでだ。所構わずお互いに好き好き言い合ってるこいつらに、どうしたらそんなに簡単に好きって言えるのかを教えてもらおうとしているのだが。

「えー、ただ好きって言うだけ」
「だーから、それが出来ねぇから言ってんだろー」
「なんで倉間言えないんだよ」
「知らねぇよ!」

はっきり言ってあんまり参考になってる気がしない。馬鹿にされてるみたいだし、なんか言わなきゃよかったかも。

「ちゅーかただ、すときを言うだけだって。倉間意識しすぎ」
「…俺はすときが簡単に言えるような人間じゃねーの」

お前らとは違ってな、と嫌味を込めて言ったら速水に苦笑いされてしまった。一応自分達がバカが沢山つくぐらいのカップルだってことは自覚済みらしい。もうほんとこの二人には憎い限りだ。(それでも嫌いじゃないからつるむけど)

「……練習してみたらどうですか?」
「え?」
「好きって言う練習ですよ」

突然、今まで黙っていた速水が口を開いた。
好きって言う練習?そんなのどうやってするんだ…?

「ただ、何の意味もないすときを言う練習ですよ」
「意味もない、すとき…」
「はい。好きって言う前に、まずはすときを言えるようにならないと…」



***



「す、す…すき、だ!」
「駄目ですよー、すすきになってます」
「す、き、だ…?」
「なーんで疑問系?」

そんなこんなで放課後に至る。もうかれこれ、この教室で30分ぐらい練習しているが、全く上達しない。さっきから駄目だとか変だとかダメ出しばっかりだし…もう挫けそうだ。

「すき、です…!……どうだ?」
「んー、まぁマシって感じかなー」
「っはあああ!?マシって?あんだけやってまだマシかよ!?」
「ひっ」

聞きあきる程浴びせられた数々の文句についに限界にきた俺は、ばあんと勢いよく机を叩いて身を乗り出した。音にびびった速水が小さな悲鳴を上げたが、たいして気にはしない。

「だって倉間ー、とてもじゃないけど上手とは言えないっちゅーか……もう好きって言うの諦めて、黙って抱き着くとかしたらどうだよ?」
「ばかか!それが出来ないからせめて好きって言おうってことで言えないから練習してんだろーが!」
「ちょ、ちょっと倉間く…」
「お前ら何やってんだよ」

突如聞こえたその声に、三人共一斉に顔を入り口の方へと向けた。そこには、いつの間に入ってきたのやら、しかめ面をした南沢さんがいた。
(あ、…)
そこで俺はようやく、今まで南沢さんを待たせていたことに気が付いた。申し訳ないけど、もう本当に、すっかりと忘れていた。

「倉間…お前俺のこと忘れてたな」
「……べ、べつにそんな」
「嘘下手だからバレバレだっつの」

ぺしんと軽い衝撃が頭に落ちてくる。痛い、と頭を撫でながら相手を見上げた。
(…だいたい遅くなったのはあんたの所為なんだけど)
そんなことも知らないまま相手はぐちぐちと嫌みを垂れている。先輩なのにだとか、ごめんなさいも無しかだとか、もう煩い煩い煩い!
ぷちんと何かが切れた音がした。

「……だいたいっ…」

ガタンと勢いよく椅子から立ち上がって、南沢さんを睨み付ける。

「…だいたい、こんなに遅くなったのはアンタの所為なんだよ!アンタが、たまには好きとか甘えたらーとか言うから、遅くまで好きってひたすら言う練習してたのに!…のに、煩いんだよバーカ!」

わんわんわんと余韻が室内に響いて消えた。大声に圧されたのか南沢さんも浜野も速水も、カチンと固まってしまったみたいに動かないし何も言わない。
あまり慣れない大声を出したから、肺の中の酸素が一気に無くなって軽い立ち眩みを感じた。側にある机に手を付きながら深く深呼吸をして、ふらふらしながらも相手をじっと見詰めた。

「好きだっつの…バーカ!」

再び教室に俺の声が響く。今自分が言ったことを思い返して、改めて恥ずかしくなった。…なんていうか、穴に入っても治まらないくらい、むしろ死にたいっていうか死ねる。
(っ、)
涙がじわじわと目の淵に溜まって、零れ落ちそうなほどになった。

「…泣くほど無理すんなよ」
「……べつに…」

泣いてねーし、
そう言ったつもりだったけど、そんな小さな強がりは南沢さんの固い胸で消え去ってしまった。背中に腕がまわされて抱き竦められてる。こうなったらどう抵抗しても逃げられない。

途端に騒ぎ出した周りのキャー!だとかえー!だとかの声はとてもうるさい筈なのに、なんだか俺はそれを少し遠いところで聞いているような気がした。






/ぼくらはここにふたりぼっち

ゆき様へ『南沢に甘える倉間』素敵リクエスト ありがとうございました。

(ゆき様のみフリー)


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