ふと突然、今まで閉じられていた目蓋がぱちりと開いた。カーテンから眩しい朝の光が射し込んでキラキラと光っている。その眩しさに目を細めながら、枕元を探った。こつんと固いものに指先が触れ、それをぱかりと開いて、ディスプレイに表示された4桁の数字を見て混濁していた意識が段々とはっきりしていくのがわかった。

「え、うそ」

08:25の文字は何度目を擦っても変わらない。ヤバいヤバい。これは非常にまずい。遅刻じゃないか。
俺はベッドから飛びだして、急いでリビングに向かった。母さん何で起こしてくれねえんだよ!その理由は、テーブルに置かれた皿に添えられた一枚の紙に記されていた。
『急遽仕事が入ったから行ってきます。ご飯はこれを食べてね』
食べてねって。食べてねってもう時間的に無理だっつの。
ぐるぐると鳴るお腹とテーブルの上の飯を無視して、洗面所で顔を洗う。歯ブラシにチューブを押し当てて口に突っ込みながら、部屋に戻って10秒で制服に着替え(因みに過去最速)鞄に弁当を突っ込んだ。

(だいったい、篤志さんもなんで先に学校行っちゃうんだか…!)

数学の教科書を乱暴に放り込みながら、お隣の、篤志さんが住む家の方の壁を睨んだ。
篤志さんというのは、お隣に住むひとつ上の幼馴染みのこと。家が隣で学校が同じということから、いつも一緒に学校に行っている。篤志さんは内申を特に気にする人だから、普段なら俺は学校にいる時間だ。
(ああ最悪だ。あの先生遅刻には煩い奴だってのに…!なぁんで今日に限って篤志さんも母さんも起こしてくれないんだか)
教科書で重くなった鞄を引っ掴んで洗面台で口を濯いだ。鏡に映る自分の髪はいつも以上にぼさぼさだけど仕方ない。
靴の踵を踏みつけてドアにタックルするようにして開ける。焦ってなかなか鍵穴に鍵が入らないことにさえ苛々を覚える。
ちくしょ…っ
それからやっと入った鍵がカチャンと音をたてて回ったのを確認した時だった。

「あぁクソ!」

突然聞こえてきた、物凄く聞き覚えのある声にびっくりした。まさかと思って走って隣の家の前に立つ。此方に背を向けてドアの前に立つ人から、ガチガチと乱暴に金属がぶつかりあう音がした。きっとその人も、さっきの俺みたいになかなか鍵が入らないんだろう。その背中はとてつもなく苛々しているように見えた。

「あー…つしさん…?」
「あぁ?……って典人!」

ようやく鍵が回ったらしく、カチャンという重たい音が響いた。篤志さんは鍵を乱暴に引き抜くと、そこまで距離の無い俺の所まで走って来た。

「なんだ、お前も寝坊かよ」

そう言う篤志さんの前髪はいつものようにきちんとセットされていなくて、一ヶ所だけぴょいと外に跳ねている。ふっと笑って「それ」と指を差すと、鬱陶しそうに顔をしかめた。

「流行りのお洒落っすか?」
「な訳ねぇだろ馬鹿」
「あっそう…」
「あっそうてお前…じゃない、遅刻すんぞ!」
「あ、」

そうだ、遅刻の事なんかすっかり忘れていた。今の時刻はわからないけど、今から急いで行ったところで放課後の指導を逃れられないことはわかっている。それなら開き直って今からゆっくり歩いて行ってやろうか。そう思っていたけれど。

「ん、」
「ん?」

篤志さんが振り向いて右手を此方に差し出してくる。取り敢えずあまり訳のわからないまま、お手をするように、ぽんと左手を置いた。
すると犬かよ、と小さい呟きが聞こえてきて、その左手は置いた右手に包まれた。え?と首を傾げる間もなく、篤志さんは走り出したから俺は前につんのめってしまった。

「えぅ?えっ?」
「ばか、ちゃんと走れ」
「えぇ!でも…」
「大丈夫。まだ間に合うって…多分」

いや、俺が言いたいのはそっちじゃなくて…。繋がれた手に視線が移る。
走ってる所為もあるんだろうけど、それよりも手に意識してしまって心臓がとても煩い。
(いや違う。これは走ってるからであって別に意識なんかしてねえ)
そうやって自分に言い聞かせながら、この心臓の音が相手に伝わってしまわないかをとても心配した。
(え…?)
少し前を走る篤志さんの頬がちらりと見えた。そんなに本気で走っていないにも関わらず、その肌は赤く見えたのは気のせいだったのだろうか。いや、きっとそうじゃないだろう。
(意識してるのは俺だけじゃない…)
そのとたんに急に手のひらが熱く感じてきた。もう夏の一歩手前まできているこの時期に、その手は熱すぎるものだったが構わずに、俺は一方的に繋がれているままだった手に、少しだけ力を入れて握り返した。

「…熱いだろばーか」

そう呟いた篤志さんだったけれど、結局この手は学校に着くまで一度も離れることはなかった。








title:誰そ彼

あくや様へ『幼なじみパロ』素敵リクエストありがとうございました。

(あくや様のみフリー)

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