あ、飛行機雲。
隣のやつが空を指差してそう言った。それにつられて指された空を見上げると、確かにそこには綺麗な青を裂いた白い線があった。

「きれーですね」
「…そうだな」

右手にある昼飯のパンはもうあと一口程度しか残っていなかった。それをぱくりと口に放り込んで袋をぐしゃぐしゃと丸めてフェンスの外に投げ捨てた。俺みたいに捨てる奴がいるから汚なくなるんだよなあ。

「南沢さんわっるーい」
「うっせ」

隣から倉間が嫌味に言ってきた。んだよお前だっていっつも外に捨ててるクセに。
倉間は空になったレモンティーの紙パックを畳んで下に置いて立ち上がった。「耳塞いでてくださいよ」…んなこと言ってちゃんと成功すんだろうなぁ?取り敢えず言われた通りに耳を塞ぐと、倉間はひょいと跳んだ。
瞬間バーンと響く破裂音。どうやら成功したみたいだ。破裂した紙パックはボロボロに破れている。俺は耳を塞いでいた手を外した。

「よっしゃ成功!」
「めっずらし…」

成功して喜んでいる倉間に「よかったな」と言ってさっき買ったコーヒーのストローに口をつけた。すると倉間はすくんと俺の隣にしゃがみこんで、俺の持っているコーヒーをじっと見ている。

「…んだよ」
「ちょっとソレくださいよ」
「やだ」

やっぱり。その目は絶対欲しがってる目だと思った。きっぱり断ってもまだめげない倉間は今度は正面までまわってくると、上目遣いで「ちょうだい?」と言ってきた。まさかそんな手で来るとは…倉間のとんでもない行動とあまりの可愛さにくらくらした。

「…何が欲しいわけ?」
「コーヒーですけど」
「コーヒーじゃなくて俺のぶっかけてやろうかって本気で思った」
「……」

なんか倉間が軽蔑の目で見てくるから「もっと」って言ったら「死ね」って言われた。まぁこのコーヒーはやらないけどな。

「もうやっぱいいです。あっこにいる松風に貰ってきますから」
「え、どこ?てか人いたんだ」

見ればまた松風は隅っこのほうで剣城とイチャイチャしている最中だった。あんな中をお前は行くつもりなのか…?そして本当に行こうとしている倉間の手を掴んで必死に止めた。

「待て倉間、あんな二人っきりの空間をお前は壊す気か」
「う…だって南沢さんくれないんですもん」
「ま、待て、やるから…」

俺は仕方なく倉間にコーヒーを渡した。「ありがとうございます!」とお礼を言う倉間の目はキラキラ輝いてるように見える。なんだそんなに喉渇いてたのかよ。あまり出ていない倉間の喉仏がごくごくと上下した。

「…そういえば南沢さんなんでコーヒーくれなかったんすか?あ、もしかして間接キスが恥ずかしかったとかー?なんちゃって」
「っ、ちが…」

まさか言い当てられるとは思わなかったから、焦って一瞬言葉に詰まってしまった。そしたら倉間もけらけら笑うのをやめて突然がばりと抱きついてきた。それをなんとか受け止めて、ふるふると震える倉間の肩を軽く押した。

「どうし…」
「南沢さん可愛すぎっすよ!ちょっとそれ反則です、レッドカードですよ。エロみ沢ともあろう人がそんな間接キスごときで」
「もう黙れ」

よくもまあそんな饒舌にスラスラと言えるものだ。そこは感心するけど言ってることが駄目すぎる。なにレッドカードって。倉間の顔真っ赤で頬なんか緩みきってるし、ほんとただの変態みたい。あ、変態か。

「もうお前なんだよ。間接キス恥ずかしいじゃん」
「南沢さんほんと可愛いっすねーもう可愛いから襲いますね」
「ばーか無理に決まってんだろ。松風達いんのに」
「あ、それなら大丈夫です」

ほらと倉間の指差すほうを見たるけど、もうアイツらの姿はどこにもなかった。どうやら帰ってしまったらしい。倉間はまたもやあの上目遣いで見上げてくる。

「ね?だからいいですよね」
「は…」

肩が強く押されるのと同時にぐらりと視界が変わって、さっきまで見下ろしていた筈の倉間を見上げる形になってしまった。ニヤニヤと見下ろしてくる倉間に、もう手遅れだと直感的に感じた。

「今さら抵抗してももう遅いっすから」

そして俺は倉間を受け入れるように目蓋を閉じた。










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