「好き、です」 目の前に立っている名前も知らない後輩は頬を染めてそう言った。 昼休みに後輩の女の子たちに「放課後に体育館裏に来てください」なんて呼ばれて、殴られんのかななんて思って来たら、そう言われた。 まじまじと目の前の女の子を見てみる。顔は可愛い。細身で身長は…俺と同じくらいか少し下ぐらい。まぁ、大抵の奴ならオッケーしているだろう。…でも俺には好きな人がいる。きっと叶うことはないだろうけど、それでも俺は好きな人がいながら別の奴と付き合うなんて器用なこと出来ない。 スカートをぎゅっと握りしめる後輩の顔は真っ赤で、そろそろ泣いてしまいそうだ。なるべくその顔を見ないように視線を逸らして、断ろうと口を開いた。 「ごめん。ソイツ俺と付き合ってるから」 ごめん。俺はそれだけ言おうとしたのに、なぜか色々ついてる…ていうか俺こんなこと言ってない。言おうとした瞬間、誰かが言ったこの言葉に遮られたのだ。一体誰が?そう思って声をした方をみると、そこには腕を組んで壁にもたれている南沢さんがいた。 「え…?」 「南沢、さん…」 「ほら行くぞ」 強引に俺の腕を引いて南沢さんはすたすたと前を歩き出す。訳がわからない、あの後輩はどうしよう。後ろを振り返ると、俺と同じで意味がわからないといった表情を浮かべる後輩が立っていた。 誰もいない静かなグラウンドを横切って連れてこられた所はサッカー棟。今日は部活なんて無いのに南沢さんはサッカーがしたいんだろうか。 「南沢さんどこ行くんですか?」 「……」 あ無視ですか。なんて勝手というか自己中というか…。さっきの告白だってこの人に勝手に断られたんだし、だいたい盗み聞き?趣味悪い人。…そういえばさっき言った言葉の意味ってなんだったんだろう。あ、もしかして俺が断るの知ってて助け船を出してくれたんじゃ?いや、助け船ならもっと別の言い方でいいだろ。あの子絶対誤解してる、…あと俺が期待するし。 「…もしかして付き合うつもりだった?」 「え?…いや」 部室の自動ドアが背後で閉まったところでずっと黙りだった南沢さんが口を開いた。あ、手掴まれたままだった。ちょっとでも意識し始めたらなんだか急に恥ずかしくなって慌てて腕を振り払う。少し強く振りすぎたかもと思ったけど、南沢さんはそれほど気にしていないようだった。 「南沢さん聞いてたんすか?ってゆうかさっき言ったこと…」 「あぁ…たまたま聞こえただけ。お前どうやって断ろうか迷ってただろ、だから代わりに言ってやったんだけど」 「いや、もう少しこう、言い方ってありますよね」 あれじゃあの子に完璧誤解されましたよ。そういつもみたいに強気で言ったつもりなのに、何故かその言葉は語尾に近付くにつれてだんだんと小さくなっていった。うわ、意識してんのバレたかも。 「…誤解されたら駄目だった?」 「え?」 ようやく南沢さんは此方を向いた。薄く浮かんだ黒い笑いにぞくりと背中が粟立つ。初めて南沢さんが怖いと思った。そしてじりじりと近付いてくる。俺は一定の距離を保ちながら徐々に後ろ後ずさった。しかしそれにも限界というものがあり、非情にも背中はトンと冷たい壁にあたってしまった。更に横には南沢さんの手、前には南沢さん。完璧に逃げ場を失ってしまった。 「好きな人に誤解されたら困るとか?」 「え、はい…まぁ…」 とりあえず適当に返事をする。目の前に南沢さんの顔があるのに、そんな普通にしてられない。恥ずかしいのやら嬉しいのやらで、じっと足元を見詰めていた。 「俺、倉間の好きな奴俺だと思ってたんだけど」 「……は」 一瞬俺の心臓が止まった。え、バレてた。すごくバレてた。ああ終わりだ。全てが何もかもが終わった音がする。知られてた。 「しってた、て…ずっと…?」 「やっぱりそうだったんだ。結構前からな」 目の前が白くチカチカする。どうしようどうしよう…逃げたいけど逃げれない。南沢さんはこの体制のまま動こうとしないし、多分焦ってる俺を見て楽しんでるんだろう。俺は南沢さんの胸板に手をあてて突っぱねた。だからといって状況にさほど変わりはないのだけれど。 「…ごめ、なさい」 「なにが?」 「…男なのに好きとかっ言ってごめんなさいって事です」 「ふーん」 もう軽く半泣きなのに、この人はまだまだこの状況から解放してくれそうにない。目尻に溜まった涙は重力に従って、床に落ちていった。…何も今落ちなくてもいいじゃないか。 「なに泣いてんだよ」 「だって…もう、いいじゃないですか…退いてください」 「やだ」 ぐいぐいと押す手に力を込める。そしたら相手も逃がすまいと距離を縮めてきて、結局力比べの結果、一年の差のせいか負けてしまった。一体ここまで俺を辱しめる意味は何なのだろうか。次々に溢れてくる涙を袖でごしごしと擦った。 「…南沢さん、絶対俺のこと嫌いっすよね」 「……なんで?」 「…普通、余程のことじゃないと泣くまで人のこと追い詰めないですよ」 言ってたらなんか笑えてきた。これ自分で駄目なほうに持っていってるよな、絶対。 「でも俺倉間好きだから」 「……はぁ?」 「好きな奴って泣かしたくなるんだよな。お前とかちっちゃいし可愛いから特に」 思わず間抜けな声が出てしまった。もう何を言ってるんだろうこの人。足元から目線を外して上を見上げると、にやにや笑った南沢さんの顔がドアップであった。 「ふっ、お前ほんとかわいーな」 「なっ…も、うっさい!」 再び腕を突っぱねて力を込める。しかしそれは南沢さんの手によって壁に縫い止められてしまった。そして次に放たれる言葉で、俺は地獄に突き落とされることになる。 「お前に逃げ場なんてないからな…?」 …俺いつ帰れるかな。 ×
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