あそこで腕を組んで立っているのは俺の大嫌いな南沢さん。大嫌いより大っ嫌い。だけど、ポジションが同じだから仕方なく必要最低限の事だけ喋ってる。
何が嫌いかって言われたら少し困る。だって嫌いだけど理由が自分にもいまいちわからないからだ。カッコつけだからかもしれないし、女癖が悪いからかもしれない。女癖が悪いってのは噂で(まぁ俺は一回だけしか女と歩いてるのは見たことないけど)多分本当。あのルックスで迫られたら女はイチコロなんだろうなって。あれ、なんかそれモテない男の僻みみたい。いや別にモテないなんて事はない。告白だってされた事はあるけど、その度に南沢さんが頭に浮かんできて、なんだか付き合う気になれない。
南沢さんのせいで付き合えないんだ、だから南沢さんが嫌いなんだ…なんて無理やりに理由をつけた。

「倉間」
「……」
「倉間!」
「えっ?」

びくっと体が跳び跳ねた。グラウンドの隅にいた南沢さんはいつの間に俺の目の前にいた。

「なんか用なわけ?」
「いやいや呼んでませんけど」
「ずっとこっち見てんなよ」
「…そっすか」

マジ自意識過剰なんじゃないすか?そんな余計なことまで言いそうになって寸前のところで口をつぐんだ。ずっと見てたって今俺考え事してたんだけど…アンタについての。
て事で話済んだら向こう戻ってくださいよ。いつまでここにいるつもりなんすか、ああ行かないなら俺が行きますね。そう声に出さずに心の中で言ってからくるりと踵を返して行こうとした瞬間、ぱしっと左腕が掴まれた。ああもう…、不機嫌丸出しで振り返る。

「……なんすか」
「なぁ、お前さぁ俺の事嫌いなの?好きなの?」
「…」

さらりと髪をすいた。ふわっと漂うワックスの匂いに少し顔をしかめた。
いや、それより今この人なんて言った?おれをすきなのって?いやいや、え…好きってどっからそんな考えが出てきたんだろう。周りからは「ほんと倉間って南沢嫌いだよな」みたいな事しか言われないし、だいたいアンタとそんなに関わってないし、それは嫌いだからだし。

「嫌いですよ」
「はっ、嘘だろ」
「…あ、そうでした。大っ嫌いです」

そうそう、そうだった。ついさっき大っ嫌い宣言したところだったじゃないか。ところでこの人こんな事聞いてどうするつもりなんだろう。なんか口に手あてて笑ってるし。嫌いって言われて笑うって、どうかしてるんじゃないのかこの人。

「なに笑ってんすか」
「…あのなぁ倉間、そんな嘘吐くなって」
「…は?」
「だから大嫌いとか、そんな下らない嘘吐かなくていいっつってんの」

は?なんの話だ。おれは嘘なんて一言も言ってないけど。取り敢えず今話した事の中に嘘はあったかどうかを思い返してみたけど、そんなものどこにもなかった。南沢さんの言葉の意味がわからなくて、首を傾げてじっと相手の言葉を待った。

「本当に気付いてないのかよ」
「だから何のことですか」
「お前俺の事好きだろ」

え、なんてもう一回。お前俺の事好きだろって、誰が?お前って誰?…いや言葉の意味はちゃんとわかってる、けど言う相手間違ってませんか先輩?

「お前俺の事嫌いって思ってるみたいだけど、それただ認めたくないだけだろ。さっきだってこっちじーって見てきたり、俺が誰かと喋ってたらこっち睨んできたり、自分から避ける癖に構わなかったら寂しそうにしたり、それって全部俺が好きだからだろ?」

…うそ、でも、そんな。
いや、確かに無意識の内に南沢さんの姿を追うようになってたけど、それはほら…南沢さんフォワード上手だから見てただけ。喋ってるのを睨んでたのは、喋る声が煩くてゲームに集中できなかっただけ。それから最後のは別に寂しくなんてしてない。避けてはいるけど一ミリも構ってなんて思ってない……多分。
そしてまた、南沢さんは髪の毛をさらっと流した。また俺の嫌いなワックスの匂いがして顔をしかめる。 そういえば俺なんでワックスの匂い嫌いなんだっけ。あぁそうだ、大好きな南沢さんの匂いが消されるからだ。
…大好きな南沢さんの匂い?

「…俺、ワックスの匂い嫌いなんすよ」
「…へぇ」
「大好きな南沢さんの匂いがわからなくなるから」

南沢さんはようやくわかったかという顔をしている。あと心なしか頬が赤くなってる気がする。
…さて、ちゃんと彼はわかってくれるだろうか。素直に言えない俺の不器用な告白。

「…俺、南沢さんのことが大っ嫌い、……でした」










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