かたん、と落ちてきた小さな赤い箱は、紛れもなく自分の靴箱から落ちてきたものだ。
なんだこれ。拾い上げてじっと見詰めて、そしてある事に気づいた。今日は2月14日、バレンタインデーだったのだ。もしかして自分に向けて誰かが入れてくれた物なのだろうか、それとも人違いとか?いや、ちゃんと自分の名前が書いてあるから間違って入れることなんてない筈。
それにしても、今現在恋人なんてものはいないし、残念ながら小学校低学年以来女子から貰った記憶も無いので、こんな行事自分には全く関係ないと思ってたのに。
どこか懐かしい胸のざわつきを感じ、そしてあの人の顔を思い出す。









教室ではアホな男子共が頭を下げながら、紙袋を持った女子の軍団に「俺にもチョコください!」とかやってて恥ずかしくねえのかなって思った。別に、さっき貰ったから優越感感じてるとかじゃなくて、真剣に馬鹿だろって思っただけ。

「あっ、倉間、ちゅーす!」
「おはようございます」

いつものように俺の席を占領している浜野とその前に座る速水が軽く手を挙げた。俺の前の席は速水なのだ。

「はよ…」

今日はバレンタインだねーなんて、さっきのチョコください男子の方を見ながら浜野が言った。まあ僕らにはあんまり関係ない気がしますけどね、と言ったのは速水だ。そこには羨ましいとかそういったのじゃなくて、最初からバレンタインにそもそも興味が無いように思えた。

「あっ、でも倉間はほら、南沢さんじゃねーの??」
「なっ!??」
「ああー、あげるんですか?」

なんて変化球だよ。

「は、な、なんで俺が、てか!ポジション同じで仲いいだけ…別にそういうんじゃ」
「えーー、うそだーー」
「でも倉間くん南沢さんのこと好きじゃないですか」
「、!!?」

こうなったらとことんコイツら(特に浜野)はしつこい。いつもこういう奴じゃないのに、速水までもがウザくなって止まらないのは、いつも一緒にいる俺がよくわかっていた。時計を見たらまだ先生が来るまで時間は20分ほどあり頭を抱えた。そのことに気付いてか二人揃ってうざったらしい笑顔をにやにや浮かべている。

(さいあくだ…)

そしてやはり、その後朝のホームルームが始まるまで「チョコは用意したのか」とか「なんて言ってあげるんだ」とか(こっちはチョコなんか勿論無いし、バレンタインなんか忘れてたって言ってんのに!)「顔真っ赤」とか「好きなくせに」とか「告れよ」とかまじでマシンガンかよってぐらい攻め続けられて、最悪な1日の始まりを迎えることになった。



朝のあれでもう飽きただろうと思いきやどっこい、どうやらあの2人のツボにぴったりハマってしまったらしい。なんと授業の合間に挟む休憩の時までも俺を質問責めにするという、ほんとお前ら今日どうしたんだとこっちが質問したくなるようなしつこさを発揮していたため、正直授業よりも休憩時間のほうが苦痛に感じるほどだった。

そういうわけで昼休み、いつもならあの2人と昼ごはんを食べるのだけれど、今日は屋上に避難して1人で食べることにした。今日は空が青くとてもいい天気だけれど、冷たい風が少し吹いていたが、2月にしては暖かい方だと思う。一応日向に腰を下ろしたが、下のコンクリートはひんやりと冷えきっていて冷たかった。
朝買ったコンビニの袋を漁って中からおにぎりを取り出す。俺的に1番美味しいと思ってるやつで大好きなのだが、封を切らず手に持ったまま、やはりひやりと冷たい壁にもたれて少しぼうっとした。

(なんでアイツら俺が南沢さんのこと好きって知ってんだよ)

確かに俺はあの人、南沢さんのことが好きだけど、このことはほかの誰にも言ったことは無かった。あいつら曰くどうも俺はわかりやすいらしい。…俺なんて無愛想だし表情乏しいし、決してわかりやすいとは思わないんだけど。

「無愛想だし、可愛くない、」

そのことについては昔っから自覚済みだった。周りの人間から可愛くない子供だと言われて育ってきたためだ。もう周りからそんな子供だと言われない年齢になったと思ったら今度は、可愛くない後輩だと。(自分も絶対可愛くない後輩の部類に入る癖に!)偉そうにあの先輩に言われた。それ以来俺の「可愛くない」に更に磨きがかかった気がする。特に南沢さんに対しては全然素直でいられなくなった。
だから、「告れよ」とかアイツらは簡単に言うけど、俺と南沢さんとの関係は、なんかそういうんじゃない気がする。上手く説明出来ないんだけど。きっと俺は、この気持ちをあの人には絶対に言えない。

「くーらま」
「っ、え!?あ、」

少し考え事をし過ぎていたのか、隣に人が来ていたことに気付かなかった。さらに驚いたのはその人が今ちょうど考えていた南沢さんで、さらにさらに南沢さんが俺の手に持っていたままだったおにぎりを食べていることだ。

「え、それ俺の…」
「いやだって、倉間ぜんっっぜん気付かねえんだもん」

なんか考え事してたみたいだし、と続けて一口頬張った。

「あー、…まあ…」

アンタのことですけどね。
袋からもう一つおにぎりを取り出して封を開けた。どうやら袋の方は無事だったみたいだ。…そういえばなんかすげえ自然にここに居るけど、なんで居るんだ?

「いやいやいや、じゃなくて、南沢さんなんでここに」
「え?ああ、なんかさあバレンタインでチョコがどうのこうのって女子が煩くてさあ、逃げてきた」
「……………へえ」

まあこの人顔だけはいいもんな。逃げてきたって一体1日でどれだけの数貰ったんだろ。その中に本命は何個あるんだろ。もしかして全部とか?
好奇心が膨らむのと同時に広がっていく胸のもやもやの正体には気付かないフリをした。ただ、男として沢山チョコを貰える南沢さんが単に羨ましいだけであって、別にヤキモチとかそうゆうのじゃないと決めつけた。

「なに倉間、チョコもらえなくて悔しいの?」
「えっ!?な、別に…てか、貰ったし」
「は…貰ったの?」

1個だけですけど…
証拠に学ランのポケットから、朝突っ込んだ赤いものを取り出して相手に渡した。その時の南沢さんの顔超ウケるんだけど驚きすぎ。さては信じてなかっただろ。

「…コレくれた子、可愛いの?」
「わかんないんスよね、朝靴箱見たらあったし」
「ふーん」

まじまじと箱を見終えると、飽きたのか、つまらなそうにこちらに投げ返してきた。

「箱開けたらせめて名前ぐらい書いた紙入ってないですかね」
「はあ?俺が知るかよ」
「…ですよね」

なんでこの人急に不機嫌になってんだよ。確かにあんたには関係無い話でつまらないかもしれないけど、そんな突然態度を変えなくても。
なんとなく会話を続けられなくなって、暫くもくもくとご飯を食べることにした。




「お前その子と付き合うの?」

最後のひと口をごくりと飲み込んだ時だった。先に口を開いたのは南沢さんの方で、そちらを見るとやけにじっと見詰めてくるもんだからなんとなく視線を逸らしてしまった。

「別に、本命かどうかとかもわかんねえし……てか、南沢さんに関係」
「ないって?」


俺の全く予想していなかった言葉はやや乱暴にこちらに被せるようにして放たれた。そこには少しの苛立ちも含まれていたようにも感じる。
まださっきのことを怒っているのだろうか。
ちらりと横目で見た彼は、やはり依然こちらを見詰めたままで、あまり見慣れない真剣な表情に少し戸惑う。
いつもと様子が違うからか、なんだかこっちまで調子が狂う。
どんな言葉を返せばいいのか全く思い付かなくて、結局俺が何か言う前に南沢さんが口を開いた。

「あるよ」
「………。」


あるわけないだろ。だってアンタはただの部活の先輩で、ポジションが同じで、そのせい(おかげ?)で他の奴らより俺は少しだけ可愛がられてて、たまにこうやって昼飯一緒に食べたり、たまに一緒に帰ったり、ただそれだけの関係なのに。

やっぱりどう返せばいいのかわからず黙っていたら、わかんねえのかよという言葉と一緒に盛大な溜息が降ってきた。

ああ俺にはわかんねえよ。どうしてただの部活の先輩で他の人よりちょっと仲いいってだけのアンタが俺の恋人事情を気にするのかなんて。
わかんねえ。

じりじりと相手が近付いてくるのが何となく気配でわかっていたけれど、真っ赤になっているであろう情けない顔を見られたくなくて、ひたすら黙って俯いて、俺はわからないフリをした。


だから、お前のこと好きなんだって


耳元に感じた吐息にふるりと体が震えた。
思わず顔を上げると存外近くにあの人の整った顔があって、それにもまた顔がかあっと熱くなる。

「おまえ顔赤すぎでしょ」

あ、笑った。そう思った時にはもう彼の笑顔は見えなくなっていて、代わりに唇に温かい熱を感じていた。





thanks:草臥れた



×
- ナノ -