元拍手文







「す…き、好き…」
「何してんのお前」
「あっ、南沢さん」

倉間はぼそぼそ言うのをやめて顔をあげた。独り言を聞かれたことが恥ずかしいからか、その顔は少し赤くなっている。俺はその隣の椅子を引いて座った。

「告白の練習してたんです」
「…へぇ」

すると倉間はまた「好き」を繰り返し始めた。倉間の小さな唇はたどたどしくゆっくりと、その二文字を紡いでいく。たった二文字されど二文字、まるで壊れ物でも扱うように一言一言を大切そうに練習している。

「…本当にソイツのこと大好きなんだな」
「へ?まあ、あはは…」
「誤魔化すなよ」

笑って誤魔化す倉間の髪をぐちゃぐちゃに混ぜた。俺のと違うコイツの、ふわふわした猫毛が好きだ。倉間は乱れた髪を手で抑えながら「やめてくださいよ」と眉を寄せる。俺はその言葉に素直に従って、頭から手を離してやった。

「ところで誰に言うの?」
「…え、や、それは…」
「言わねえのかよ」

ダメ元で聞いてみたけど、やっぱり倉間は言ってくれなかった。

「じゃあどんな奴?」
「どんな奴って…」
「可愛いかとか性格とか」

名前じゃなかったら、もしかしたら教えてくれるかもしれない。すると倉間は暫くんーと少し考えて、ぼそぼそと言い始めた。

「…頭良くて顔も良くて、しかもサッカーも上手で、あと意地悪だけど勉強とか教えてくれたり、ほんのたまに優しくて…嫌味ばっかり言うし、ムカつくけど大好きな先輩です。………あ」

はっと倉間は口をつぐんだ。少し喋りすぎたのと、決定的な証拠の「先輩」という四文字が、そうさせたのだろう。

「へえ、三年なんだ」
「ちがっ…えぇっと…」
「しかも勉強教えてもらうほど仲良くて、サッカーも上手で?きっとそいつ、ナルシストなんだろうなあ」

俺がひとつひとつ言っていく度に倉間の顔が少しずつ、赤とも青ともいえない訳のわからない色になっていく。それが面白くて思わず吹き出すと、耐えきれなくなったのか倉間はガタンと立ち上がった。

「お、俺浜野達んとこ行くんで!」
「ちょっと待てって」

ぱしっと手首を掴んで、再び椅子に座らせる。離してくれと哀願する倉間の顔は、もはや半泣き状態だ。まあ逃がしてやるつもりはないんだけど。

「もう、離してくれよ!わかってんだろ…」
「…あのさぁ倉間、言わなきゃさっきの練習無駄になるぞ」
「でもっ…」
「いいから言えって」

でもでも、と倉間はいつまでもウジウジして言うことを躊躇う。いくら練習したからといっても、やっぱり言うのは怖いんだろう。しかもそれが突然の事だから余計に。今きっと倉間の頭の中では、拒絶されたらどうしようとか、気持ち悪いって言われたらどうしようとか、そんなのがひたすらぐるぐる回ってるんだろうな。
それから倉間は三度目の深呼吸をすると、やっと唇を開いた。

「み、みなみさわ…さん」

カチンと時計の針が止まった気がした。途端に周囲の音が聞こえなくなって、俺達だけがこの空間から切り離される。酷く時間がゆっくり進んでいるような錯覚に陥る。一秒経つのが十秒にも百秒にも感じられて、もどかしくて苛々する。だけど俺は、倉間の唇が動くのを、ただ黙ってじっと見詰めていた。
何秒?何分?何時間?一体どれくらいの時間が経ってからだろう。倉間の口から四文字の言葉が滑らかに紡ぎ出されたのは。


「好きです」
その四文字は意外とするりと俺の耳に入ってきた。かぁぁと胸が熱くなって、嬉しいとかそういった感情が止めどなく溢れてくる。それが何故かなんて、それはきっと俺も倉間も同じ気持ちだからだろう。
俺は無意識に、ジャージを握ってカタカタ震える小さな手を握っていた。


「俺も好きだよ」







/きみのすきなひと
title:青春
(~160219)

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