(マサ輝/蘭拓/浜速/南倉要素有り。色々捏造注意)









昨日から、一週間の部活の合宿が始まった。練習内容はキツくてすっごくしんどいけど、ひとつだけすっごく嬉しいことがある。それは、部屋が剣城と一緒だってこと。多分監督が決めたんだと思うけど、その時は監督に物凄く感謝した。だって、寝るときとかずっと剣城と居られるもん。だから俺剣城といっぱい喋ったり出来るって思ってたのに……。

「つーるーぎっ」
「……」
「つるぎくーん」
「……」

剣城の視線は本から離れない。これはもう駄目だと思った。
剣城は本を読むことが大好きだから、暇な時はいつも読んでいる。それは俺と一緒に居ようが関係無いみたいで、剣城が本を読んでいる時に、しつこく声を掛けるといつも怒られる。だけど今日は無視だ。無視ほど悲しいことなんて無いよ。まだ怒られたり、痛いけど叩かれるほうがマシだよ。

「つーるーぎってばー」
「……」

ねえ剣城、俺もう本に嫉妬しちゃいそうだよ。

「……つるぎ…」
「……」

はい、また無視。剣城にとって本は、俺より大事なわけ?恋人の俺より?
その時、俺の中でプツンと何かが切れた音がした。

「……そんなに本が好きなら本と付き合っちゃえば?」

ぱっと立ち上がって剣城を見下ろす。やっと此方を見上げた剣城は、心底面倒臭そうな顔をしていた。…なにもそんなに面倒臭そうな顔しなくてもいいじゃん。ちょっと頭撫でてくれるだけでも良かったのに、俺ってそんなに面倒臭い子?

「もう…いい」
「…てん、」
「浮気してやるー!」

そう言って俺は部屋から飛び出した。浮気なんて言ったけど本当はそんなつもりないし、勢いで口から出ちゃっただけなんだけど。勢いってこわい。
取り敢えず部屋には帰れないし、適当に誰かの部屋に入れてもらおう。丁度いい感じに狩谷と輝の部屋があるし、こことか…。

『…もう狩谷っ、ピーマン残したらだめだよ!』
『えー、じゃあ輝くんがあーんしてくれたらいいよ?』
『…仕方ないなぁ、ほら』

おっと危ない。ノックしそうになった手をすんでのところで引っ込めた。あんなラブラブな二人を邪魔しちゃ悪いよね。仕方ないけどここは諦めて、次は…っと、信助と三国さん?最近仲良い二人だけど、まさか輝と狩谷みたいなことはないよね。
少し中を警戒しながら、コンコンとノックした。

「信助ー、天馬だよ」

だけど中からは何も返事が返ってこない。二人とも寝てるのかな?と首を傾げながらもう一度ノックする。

「信助ー、三国さーん」

やっぱり何も返ってこない。もう寝てるか、どっか出掛けてるのかも。
がっくりと肩を落として向かった隣の部屋のドアに掛かっているプレートを見て、もうノックするまでもなく諦めた。だって南沢先輩と倉間先輩なんて、絶対あれだもん。なんか絶対見ちゃいけないことしてるでしょ。
そういう訳で、南沢先輩と倉間先輩の部屋の隣に来た訳だけど。

「はぁ…」

思わず溜め息が零れた。今日の俺はつくづくついてないよ。

『は、浜野くん…駄目ですよぉ』
『ええー、速水のケチーいいじゃん』
『ちょ、ちょっと』

そこまで聞いて、俺は部屋の前から走り去った。廊下を軽く走って、だんだん速度を落としていく。そして壁に寄りかかって乱れた息を落ち着かせた。

「うぅー…」

さっき言ったことを物凄く後悔した。部屋に帰るに帰れないし、行く宛も無いし。最悪だ。しかも皆大好きな人と楽しそうにしてるし、羨ましいよ…。

(…ん?)

そこでふと視界の端に、ふたつドアがあることに気付いた。一体誰の部屋だろう?どちらのドアにもプレートは掛かっていなくて、誰の部屋かわからなかった。

(…あっ、もしかして円堂監督とか?)

部屋の中からは何も音は聞こえない。寝てるかな?そう思いながら、ノックをしようと右手を伸ばした。だけど。


「なにマジで浮気しようとしてんだよ」
「ぅわわ!?」


耳元で声がしたと思ったら、突然後ろから強い力で体を抱き寄せられた。倒れそうになった体は、その人の胸板にぼすんと収まる。ふわっと俺の大好きな匂いがした。

「つ、つるぎ…!」
「…早く帰って来いよばーか」
「ば、ばかってなんだよ!」

廊下で後ろから抱き締められているという今の状況が恥ずかしくなって、剣城の腕の中でもぞもぞと抵抗する。だけどそうさせないみたいに、だんだん剣城の方が強くなっていくから、結局抵抗することを諦めてしまった。

「っだいたいお前が本ばっか…」
「…悪かったよ」
「じゃあちゃんと構ってくれる?」
「ああ。今から放ったらかした分、ちゃんと遊んでやるよ」
「え?いまって…」

その言葉の意味をちゃんと理解する前に、シャツの裾から剣城の手が侵入してきた。ひやりとしたその温度にびくりと体が強ばる。ちょっと剣城!と首を後ろに捻りながら睨むが、腹を動き回る手は止まる様子を見せない。そのまま怪しい動きをする手は、段々と上にあがってきて、胸の飾りを掠めた。

「ひゃっ」
「嫌がってる割には感度いいな」
「ち、ちが…!」

剣城は耳元で意地悪そうにクツクツと笑っている。鏡で見てないけど、きっと今顔真っ赤だ。羞恥で顔に熱が集まっているのがわかる。…おれ、こいつのこの笑い方あんまり好きじゃないや。

「んんっ…も、誰か来たらやばいし、ねえやめよう?」
「構えって言ったのはお前だろ」
「っそうだけど!別に今ここじゃなくていいからさぁ!部屋、せめて部屋で…」
「駄目だ」

駄目だと一言、スパンと切られて何も言えなくなる。駄目ってそんなの、ここでこんなことしてるほうが駄目だと思うんだけどなぁ。って言っても、今更剣城がやめてくれるとは考えられない。
肌を撫でる手は段々下に下がっていくと、今度はジャージの中に滑り込んできた。

「やっ、だめ、つるぎ…っだめ」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃな……っ!?」
「……」

俺はハッと息を呑んだ。向こうの曲がり角の方から、あははと楽しそうな笑い声と足音が聞こえてきたからだ。声からして、多分円堂監督と鬼道コーチ…。姿はまだ見えないけれど、明らかに此方に向かって来ている。
このままじゃバレちゃうよ。
後ろを向いて剣城を見上げる。流石に剣城も、この状況は不味いと思っているのか、何かを必死で考えているようだ。しかし、首に回された手はほどこうとしないし、ジャージの中の手も動きこそ止まっているものの、抜いてくれない。
本当にどうするの、監督達に見られるのやだよおれ。意地悪な剣城に涙が滲んでくる。
かつんかつんと二人分の足音は直ぐそこで聞こえる。もうだめだ。俺はぎゅっと両の目蓋を閉じた。
その時。


「っ!?」


今まで見ていた廊下やらが、いきなりぐんっと遠くなった。バタンと目の前で閉まる扉。見慣れない壁のタイル。そこに掛かっている二枚の鏡を見て、ようやくこの場所を把握したような気がした。
ここ、トイレだったんだ…。
もし、このトイレが無かったら今頃俺たちは、監督たちにばれてたところだった。

「……ふっ、うぅ…」
「なっ、お前なんで泣くんだよ」
ジャージに入れられていた手がするりと抜けて、体を離された。剣城が「ばかじゃねえの」なんて呆れながら俺の顔を覗き込む。あんなことされたら、俺みたいなばかじゃなくても泣いちゃうよ。

「うぅー…こわかった…」
「あんなの冗談に決まってんだろ」
「嘘つき!監督が来なかったら絶対するつもりだっただろっ…剣城のばか!」

ばか、剣城のばか、ばかやろー。俺は両手で拳を作ってどんどんと胸を叩いた。それを罰が悪そうに眉を寄せて溜め息を吐くと、簡単に両手首は掴まえられてしまった。

「あー…悪かったって。部屋まで我慢してやるからもう怒るなよ」
「はぁ?なに言って…」
「ほら静かにしろ。もう消灯時間は過ぎてるんだ」

掴まれた手首を引かれてトイレを出る。剣城が言った通り消灯時間は過ぎたみたいで、さっきまで電気が点いていた廊下は、今は真っ暗になっていた。


「あ…あのさあ、嘘だよね」
「部屋ならいいって言ったのはお前だ」
「さっき冗談って言ってたじゃん!」
「煩い」






そんなこんなで部屋に戻った瞬間ベッドに投げられて、明日朝からばっちり練習あるのに「優しくするから」なんてよくある言葉に流されて。結局中に出されはしなかったものの、今俺はベッドの上で涙目になりながら腰を擦るという状況にある。…最早後悔しかないってゆうね。

「……松風…」
「優しくするって言ったのにー…」
「すまん…」
「ばかつるぎ。明日部活どうすんだよ」

その後も「さいてー」やら「ばかやろう」やら言っていたら、遂に剣城は何も言わずに俯いてしまった。滅多に見ないいじける姿に少し焦る。苛めすぎたかな?と顔を覗き込むと、これまた滅多に見れない、口を尖らせて幼い顔をした剣城がいたから吹き出してしまった。

「ふふっ…」
「っなに笑ってんだ…」
「や、だってなんか…ふふっ」

流石に可愛いと言ったら怒られそうだからやめておく。だけど剣城にはそれが気に食わないらしく、なにやら掴みかかって来そうなオーラを出していたから、怒られるその前にぎゅっと抱き着いてやった。

「…つぎはないからな」
「あぁ」
「放ったらかしにすんなよ」

それから一緒にベッドに倒れ込む。視界の端の方に映った文庫本は、バレないようにそっとベッドの下に隠してやった。







thanks:にやり

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