「不動の席は…っと、あそこだな」
やはり明王の席は俺の斜め前の空いた席だった。つかつかと近付いてくる明王は、昔のまま瞳の色は綺麗で、あまり変わったという印象が無い。
明王はがたんと椅子を引いてくるりとこちらを向いた。
「…久しぶり、鬼道くん」
「あ、あぁ」
鬼道くん…?
昔は有人と名前で呼んでくれたのに、久しぶりに会ったからだろうか。久しぶりに会った不動とは、随分と距離があいたように思えた。
「鬼道君、不動君と友達なんだ?」
左隣の吹雪がこそりと話し掛けてきた。
「まぁ、幼なじみ…というのか?そんな感じだ」
「へぇ…」
俺達は幼なじみ…なんだろうか。不動は相変わらず前を向いたままだ。不動、と声を掛けようとした瞬間ガラリと扉が開いて数学の教師が入ってきて見事にタイミングを逃してしまった。ふうと息を吐いて、机からノートと教科書を出した。
***
「不動」
「ん?どしたの鬼道君」
50分が異様に長く感じた数学の授業が終わると、すぐに不動の隣へ行って声を掛けた。
「戻って…来たのか?」
「へ?…まぁ、色々あったんだよ」
「サッカーはまだやってるのか?」
「趣味程度な」「そうか」
鬼道くん質問攻めばっかと不動はケラケラ笑った。
「その…髪のメッシュ、似合ってるな」
「…そう?」
不動は照れ笑いをしながら前髪をちょいちょいといじると、じっと俺の顔を見詰めてきた。かち合った不動の瞳の奥には、暗く深い穴のようなものがあった。目を逸らそうとしても、その穴にはまってしまったみたいで視線が外せない。すると不動が薄い唇を微かに開いた。
「……鬼道くんも」
ひたりと俺の左の頬に右手を添える。
「かっこよくなった」
多分今の一瞬、時が止まったんだろう。
どくんどくんと心臓が煩くなって、上手く息が出来ない。
不動の右手がついと俺の左頬を滑って落ちた。
「不動!」
びくっと体が跳ねた。それは俺だけじゃないようで、不動もそのようだ。後ろを見ると円堂がにかっと笑って立っていた。
「俺、円堂守!よろしくな、不動!」
円堂の声の大きさに少し驚いた顔をしている不動は、薄く笑いを浮かべると「よろしく」とだけ言った。