title | ナノ

追いかけると逃げて行くらしい



 私には好きな人がいる。

 その人とはバイト先のお店で偶然出逢った。

 綺麗な金髪はツンツンと攻撃的で、ちょっぴり最初は怖かった。でも、顔を合わせて紹介されたときにその恐怖はたちまち甘い何かに変わっていった。
 長い睫毛は瞬きする度に揺れ、蒼穹の如き碧眼は穢れを知らない。人形のように整った顔は終始憂い顔で、それもまたどことない色気を醸し出していた。







 所謂、一目惚れ。






 彼と店で会う度に胸が高鳴って心臓が大暴れして。息が苦しくなってしまうし、身体も火照る。
 でも、幸せ。
 バイトに行く度に、彼を好きになっていく。

「あ、クラウドさん」

「なまえか」

「お仕事は終わったんですか?」

「あぁ」

 口数は少ないけれど、何とも言えぬ低さの声は私をドキドキさせるには充分だった。

 店の片づけも終わり、帰り際だった。明日は休みだ。この店には来ないし、クラウドさんにも会えない。

「…明日、空いてますか?」

「…少しなら」

 緊張する。今から言い出すことに彼はどう反応するか。もしも……いや、考えるのはやめよう。

「明日、一緒に買い物でも…行きませんか…?」

 チラッとクラウドさんを見る。相変わらずの無表情。

「…悪いが、買い物をするほど時間もない。またにしてもらえないか」

 そう残して、クラウドさんは部屋に戻ってしまう。

 そうだよね。クラウドさん、忙しいもの。買い物なんて、してる暇なんてないよね。









 ――――距離を縮めたいのに、縮められない。









 ――――不安になる、この中途半端な距離。









 磁石の極は同じだと離れる。距離を縮めようと片方を動かしても、もう片方は一定の距離を保ち続ける。
 そんな構図が頭に浮かんで、なんだか切なくなった。












追いかけると逃げて行くらしい
(この気持ちと彼は、同じ極)





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