title | ナノ

チャリニケツ



「あ、ありえない……っ」


 息も切れ切れに呟きながら、私は恨めしげに去りゆくバスを睨みつける。
 寝坊した自分が悪いと言えばそれまでなのだが、何故だか腹立たしさを覚えるのは自分に対してではなくバスであったり、昨夜私を苦しめた大量の課題であったりする。責任転嫁も甚だしい。
 まだ家から全然離れていないというのに既に汗が滝のように流れて気持ち悪い。そして次のバスが30分後であることが判明したせいで気分も最悪だ。


「本当、ありえない……」
「なーにやってるんスかっ!」


 うなだれていると、誰かに思い切り背中を叩かれた。びっくりして思わず背筋がぴんと伸びる。
 そのまま振り向けば、陽気な笑顔がそこにあった。


「……おはよう」
「おはよッス。ん? なんか、不機嫌ッスね……」
「おかげさまで、と言いたいところだけどティーダが原因なわけじゃないんだよね。こいつのせい」


 ため息混じりに言ってバスの時刻表を指さすと、ティーダはなるほどと状況を理解してくれた。


「次のバスは30分後なんだよね。絶対、間に合わないよ。歩きで行けるほど時間的にも体力的にも余裕ないし」
「なら、乗ってくか?」
「え?」


 そう言った彼はポンポン、と自転車のサドルを叩く。


「でも、私まで乗ったらスピードも落ちるし……間に合うの?」
「飛ばせば全然問題なし!」


 それになまえ軽いし大丈夫ッスよ!と自信満々に言われてしまうものだから、お言葉に甘えたくなる。
 どちらにせよ乗らなくては遅刻して先生にガミガミ言われる羽目になる。それだけは絶対に避けたくて、私はお言葉に甘えることにした。


「ちゃんと掴まって」
「えっ?」
「俺にちゃんと掴まってないと、思いっきり飛ばすから落ちるッスよ」
「あ、うん、分かった」


 自転車の後部にある、荷物を括り付けるためにつけられたような部分に少し不満を残しつつも座って、そしてそっとティーダの腰に手を回す。ちゃんと掴まるとなるとかなり密着してしまって、何だか恥ずかしい。
 彼の温もりが、伝わってくる。それが心地良いやら照れるやら。私の脳内はまさに混沌としていた。


「よしっ、じゃあバビュッと行くッスよ!」
「あ、うんっ!お願いします!」


 そんな私の気持ちなんてつゆ知らず彼はそう宣言するや否や、部活で鍛え上げられた脚力をフルに使って自転車をこぎ始める。
 頬を掠める風が心地いい。
 流れる景色の早さに驚きつつも、やはり心のどこかでティーダを意識してしまい、私は少しだけ抱きつく力を強めた。




「まさか、これが?」

 甘酸っぱいようなこの気持ちが、

 好き、ってことなのでしょうか?




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