0組の指揮隊長クラサメは自分にも他人にも厳しく、一見すると冷たい印象を受ける。口元がマスクで隠れているせいで表情の変化はまともに見られず、話すことが好きな人でもない。
だが、彼が優しい人なんだと0組にいるうちに解ってきた。遠くで見ていた時とは、少し印象が変わっている。
そして知らないうちに、心引かれていた。
だからこの“バレンタインデー”とやらに便乗してチョコを作ったわけだが。
(いざ当日となると、緊張する……)
授業はこれが最後。終われば早々に立ち去るクラサメを引き留めるのは、今の私にとっては至難の業。ドキドキし過ぎて心臓が爆発するかもしれない。
いつになく早く過ぎていった授業。気付けばみんな道具をしまい始めていた。
ハッと前を見ると、既に彼の姿はない。
まずい、間に合わない。
道具もそのままに、私は小さな紙袋を引っさげ教室を出た。
「隊長っ!」
幸いにもまだ廊下にいたクラサメを呼び止める。想像以上の声の大きさに自分でびっくりしながらも、すぐにその感情を隅に追いやった。
立ち止まり、彼が振り返る。私を見下ろすその瞳は、いつもとはどこか違う色を見せていた。
「何だ?」
「あー、えーっと……」
「?」
呼び止めたはいいが、何を言えばいいんだ。
言いたいことは、今自分が置かれている状況にあっさりとかき消されていった。
目の前に隊長がいる。
廊下には誰もいない。
……二人きり。
緊張が最高潮に達した、その時だった。
「えっと、その、す、好きですっ!」
目を瞑り、紙袋を突き出してから、失言に気付いた。
緊張が緊張を呼んだ。任務の時とは違う、緊張。慣れなくて、翻弄されて。
言ってしまった。
目を開けられない。
顔を上げられない。
どんな目をしているのだろう。怖くて確認したくなかった。
「……アンリ」
静寂の中。いつになくはっきり聞こえた、私の名を呼ぶ彼の声。
「私もだ」
「!?」
いつもよりずっと近くで聞こえた、彼の声。
目を開け、顔を上げれば額に感じた柔らかな感触。一瞬、何だか分からなかった。
するりと私の手から紙袋を奪ったクラサメの口元に、いつものマスクはない。
ぽかんとしている私から目を逸らし、クラサメは再びマスクをつけてしまった。またいつものようにさっさと去っていってしまった彼の背中を見ながら、事の重大さにようやっと気付く。
今のって、まさか……。
それに気付いてから、本当に心臓が爆発しそうになったのは言うまでもない。
薄氷の下の温もり
(本当はとても、温かいひと)
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