last scene.予想外なフィナーレ
向けられたカッターから逃げるように後ずさっていくうちに、壁にぶつかった。背中で感じるその固さが、憎い。
私が逃げ場を失ってもなおクラウドは近づいてくる。
何としても生きなければならない。これ以上近づかれれば、本当に死ぬ。私は、背中をつけたまま壁を伝うようにして立ち上がった。
ガクガクと足が震えている。潤む視界にいるのは、歪んだ笑みと凶悪な碧眼を持った愛しい人。私を殺そうとする、愛しい人。
ああ、怖い。
クラウドが、怖い。
今まで本当に仲良くやってきた。クラウドは暴力を振るうような人では決してない。だから、こんなことはおろか叩かれたことすらなかった。
なのに、どうして。
距離は知らぬ間に縮まり、カッターが首筋に当てられた。冷たさが、伝わる。
目の前には彼。
ああ、死ぬのか。
「さよなら、ライナ」
クラウドの歪んだ笑みが目の前にある。ぎらついた碧眼が、目の前にある。
ああ、もう一度だけ。
もう一度だけ、昨日までの彼をこの目に焼き付けたい。
もう一度だけ、抱きしめてもらいたい。
もう一度だけ、もう一度だけ。
願うほどに、増幅される生への執着。
――私はまだ、死ねない。
「っ…!?」
クラウドのその、カッターを持つ右手の手首を全力で掴む。そのまま首筋から刃を離そうとするが、男女の差がここに出た。
動かない。
刃の位置は現状維持だ。
「っく、離せ……っ!」
「い、やっ…!!」
クラウドは昔から無駄に力が強かった。怪力じゃないかと思ってしまうくらいに、だ。私も一応女子組の中では力は強い方だが、男のそれには敵わない。
故に、力負けするのは道理だ。
近づく刃を何とか逸らすために体全体を使う。グルグルと回転するように動きながら、または掴みっぱなしの腕を大きく振り回しながら、私とクラウドはひたすら攻防を続けた。時には刃が顔や腕を掠めたが、それでも構いはしなかった。
しかし、体力は最早そこまで残ってはいなかった。考えれば、今日私は仕事やら何やらと動き続けていたのだ。ましてや、命懸けの攻防戦。体力はあっという間に殺がれていく。
――と。
ピーンポーン、ピーンポーン……。
突如として鳴り響いたその音が、クラウドの気を一瞬逸らした。
今しかない。
私は思い切って、掴みっぱなしの彼の腕を軸に自らの体を内側に入れ、背中でクラウドを壁に叩きつけた。その衝撃で彼の手から抜けたカッターが床に落ちる。
それからすぐさま手を離し、全力で玄関に走った。
すぐにクラウドはやってくる。それまでに鍵を開け、扉の先にいる人間に助けを求めなければ。
背後から感じるどす黒い殺気から必死で意識を逸らしながら玄関の鍵を開け、ドアを開け放った。
その先にいたのは、意外な人物。
「ティファ……?」
「ライナ、どうしたのその傷!」
扉の先にいたのはティファだった。こんな遅くに何故来たのかは全く分からないが、この際どんな事情だって構わない。
「たす、けて……」
涙がボロボロ、零れる。
しがみついて泣く私を、ティファは優しく抱き締めた。
「大丈夫、クラウドはライナを殺したりはしないから、ね?」
「そんなの、信じられない…っ」
「本当だよ。ほら、後ろ見てみて」
ティファに優しく言われ、恐る恐る後ろを見る。
少し先に、クラウドが立っていた。が、その手にカッターはないし、目もぎらついていない。笑顔も歪んだ笑みではなく、いつもの優しい微笑みを浮かべている。
天と地のような差に驚く私の耳に更に聞こえてきたのは、複数の足音。
ティファから離れ、視線を今度はマンションの廊下に向ければ、足音の主達が目に入った。
「ザックスにエアリス、と……ユフィ?」
近づいてくる3人に違和感を覚える。まず、ユフィはこの騒動に一切絡んでいない。そしてザックスとエアリスは仲違いしたはずだ。
なのに、何故だろうか。
疑問は増えるばかりだが、とりあえず夜中だからと全員を家に入れる。ここまで勢揃いするなんて、偶然なわけがない。
全員をリビングに通したあたりで、ふとユフィの手にある画用紙に目がいった。
「ユフィ、それは?」
「えっ、あ、これ?」
「もうそろそろ時間だし、いいんじゃないかな?」
「だなー。ほら、監督」
エアリスとザックスの言動にこれまた疑問を感じ、問いかけようとした瞬間。
ユフィが持っていた画用紙をバッと広げた。カラフルなペンで書かれた文字は、
「“ドッキリ大成功”……?」
意味が分からない。
……意味が分からない。
ドッキリ?
どこからどこまでがドッキリなんだろうか。いやいや、まず、ドッキリの範疇をゆうに越えてはいないだろうか。
ポカンとする私にみんなが説明するに、こういうことらしい。
まず、私が誕生日だから何かしようということになったらしい。が、いつもパーティーとプレゼントだけでマンネリ化していないかとユフィが言ったことが事の始まり。
それで、私が前々からドラマを見て「主人公になってみたい」などと零していたのを思い出したエアリスは私が主人公の物語を作らないかと提案。せっかくだからみんなも出演しようということになったそうだ。
ドラマ風にしたいという理由から本などにはせず、本人が実際に体験する形にまとまり、脚本を書いた訳なのだが。
「クラウドが途中から大暴走しちゃったのよね」
ティファがクラウドを見ながらため息混じりに言う。
私が好きな話は昼ドラや愛憎劇。それを知ったユフィ・キサラギ監督を中心とした彼らは脚本を書いた。クラウドは恋人を愛するが故に狂った彼氏役。ザックスは彼女がいながらもクラウドの彼女――つまり私を好きになる男役。
「俺はちゃんと許可もらったのによー」
「何の?」
「ライナにキスするための許可」
ザックスに言われ、その時のことを思い出す。あれは許可のもとに行われたのか。
が、あの時のクラウド……明らかに本気の目をしていたが、何故だろうか。
それを当の本人に訊くと、「やっぱり許せなくなった」らしい。
「……要するに、ザックスはエアリスと仲むつまじいままで、」
「おう!」
「クラウドは私を殺したいとは思ってなくて、」
「まあ、な」
「全部ドッキリだから気にしないでね、ってこと?」
「そうそう」
……無理だ。
実際怖かった。主にクラウド。ザックスも確かに怖かったが、クラウドのそれと比べると最早比較対象にすらならない。
だが、自分が主人公の脚本をプレゼントしてくれた。そのために彼らは時間を割いてくれた。
怖かったが、嬉しかった。
「ライナ」
そんなことを考えていると、クラウドがさっきとは打って変わった優しい声色で私を呼ぶ。
目を向けると、彼は私を優しく抱き寄せ、耳元で囁いた。
「誕生日おめでとう。
……愛してる」
Fin
『君に贈る物語』
CAST.
主人公 ライナ
主人公の彼氏 クラウド
主人公の友人 エアリス
友人の彼氏 ザックス
主人公の友人2 ティファ
脚本 ザックス、エアリス、ユフィ
監督(?) ユフィ
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