scene 3.幸せに浸っていいですか?
私には彼氏が、クラウドがいる。
そう考えて、何とか気持ちを落ち着けた。ザックスにアドバイスするときも、全力で私への感情に従うなと言った。歪な三角関係に、いや、四角関係になってしまえばもう元のようには戻れない。
そうして家に帰った後も、ずっと悶々としながら対策を練っていた。
本気の目。
それを見てしまったが故に、何としてもザックスとエアリスを再びくっつけないとと思った。あの目は、何が何でも奪おうという肉食獣の目によく似ている。
狙った獲物は逃がさない。
獲物は私で、それを奪われまいとするのはクラウドで。
ああ、どうしよう。
と、インターホンが響く。時計を見ると、6時半を指していた。
長いこと考え事をしていたんだなと思いながら、スリッパをパタパタと鳴らして玄関に向かう。
扉を開ければ、立っていたのは紛れもなく彼。
「おかえり、クラウド」
「ああ、ただいま」
疲れているはずなのに、顔に出さないクラウド。無表情が崩れて浮かべるのは、いつも微笑みだ。表情を出すのが得意ではない彼が、私にだけ見せてくれる顔だ。
何だか嬉しくなって、いつもより軽い足取りでリビングに向かう。クラウドは着替えるために玄関から一番近い自分の部屋に入っていった。
悩みなんて、彼がいれば吹き飛んでしまう。
ザックスにとってのエアリスも、そうではなかったのか。エアリスにとってのザックスも。
夕食を盛りつけながら、ふと考えてしまう。
《別の気持ちってのは、よ》
《ライナが好きって、気持ちなんだよな》
揺らぎはしないが、不安ではあった。テレビでよく見る愛憎劇では、こういった人が彼氏にまで迷惑をかける。事実として語られているものもあるのだから、不安になるのも当然だ。
「もう、何なんだろ……」
「何がだ?」
刹那、背で感じる温もりと、甘い声。
ああ、彼だ。
「ちょっと、悩み事」
「それは俺に話せることか?」
「んー、今はちょっと無理かも」
「そうか」
悲しげにという訳でもなく、至って普通に言ってクラウドは抱きつくのをやめる。解放されて振り向いてみると、彼はまだ上着を脱いだだけのYシャツ姿だった。ネクタイすらも、つけっぱなしだ。
離れてもキッチンから出る気は無いらしいクラウドに、どうしてか尋ねてみると、
「ライナの顔が暗かったから、心配でしょうがなかった」
と、少し頬に朱を散らしながらボソッと答えられた。
何て幸せなんだろう。
泣き出しそうなくらいの嬉しさを込めてありがとう、と言えばクラウドは微笑んで優しく頭を撫でてくれる。それがまた、嬉しくて。
盛りつけ終わった料理を2人でテーブルに並べる。今日はハンバーグだ。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
何故だかいつもより気合いの入った夕食。ハンバーグ以外にサラダを作ったりしたが、まさかケーキまで焼いてしまうとは思ってもみなかった。確かに帰ってきてからかなり時間はあったし、その時間があればケーキくらい焼けたけれども。
悩みは人を狂わせるんだなぁ。
「いつもより、豪華だな」
「うん、自分でもびっくりしちゃった。気付いたらたくさん作っちゃって……」
「構わない。余ったら、明日の朝食べればいい」
「そうだね」
明日の朝、か。
そういう言葉の端々に同棲という事実と彼が彼氏であるという事実が見え隠れして、また安心する。
いつもなら全く気にしないのに。
《ライナが好きって――》
ああ、私にどうしろと。
「ライナ?」
「ん?」
「……やっぱり、聞いてなかったのか」
ため息混じりに言われ、また私は考え事に囚われていたことに気づいた。
「明日、もしかしたら朝帰りになるかもしれない」
「え?」
「上司が同じ部署の人を誘って飲み会を開くらしくて、な。行かないとならないんだ」
その上司とやらはかなりの酒豪で、平気で何軒も居酒屋を梯子するらしい。人が良いため限界が来たら帰らせてくれるらしいが、部下たちはなかなか言い出せずに限界突破しても頑張って付き合う。
あまりお酒を嗜まないクラウドが限界突破して帰ってきた日は大変だったな、と思い返す。今となっては“クラウド・ストライフはあまり飲まない人”と皆に知られているからそんな事はないけれど。
「そっか、わかった。あ、飲み過ぎには注意してね」
「大丈夫だ。みんなも分かってくれているからな」
「それでも! 普段あまり飲まないんだから、無理はしちゃ駄目だよ?」
「わかった」
クスクスと笑いながら、クラウドは返事をする。
心配しすぎなのは分かっている。でもやっぱり心配してしまう。
実際あの日も大変だった。家に着いた瞬間緊張の糸が切れたのか、急に倒れて。とりあえず部屋まで運ぼうと思って抱えようとしたら、これまた突然目を覚ましさらには押し倒されて。何故だか無駄に馬鹿力のクラウドに抵抗できる訳もないが抵抗しないと本当にまずいので近くにあった折り畳み傘で思い切りひっぱたいてやって。
次の日は次の日で頭痛が激しくてフラフラしながら会社に行っていた。
彼が一番辛いんだろうが、私だって辛い。フラフラしながら会社に行くその姿を見送ることしか出来ないのだから。
「ああ、そうだ」
「?」
知らないうちに2人の間を流れていた沈黙を破ったのは、クラウドだった。
「明日は本当に遅くなると思う。だから、無理をしないで早く寝ていてくれ」
「わ、私は大丈夫だよ!」
「あんた、明日から4連勤だろ? 無理をして体を壊されたら、困る」
綺麗な碧眼が、私を射抜く。
そんな風に言われたら、頷くしかないじゃない。
――笑って、話して、楽しんで過ぎていく幸せな夜。
明日はクラウドがいないから、寂しい夜になる。
でも、明後日はまた。
そんな夢を見て、私は今の幸せを噛みしめた。
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