慣れないスカートを履いた。
普段は巻かない髪を巻いた。
雑誌を参考に普段とはひと味もふた味も違う化粧をした。
料理も全力で作り、部屋もいつも以上にしっかりと掃除をした。
「……よし、大丈夫。完璧」
あとは心の準備を。そう思った次の瞬間、鳴り響いたインターホンに思わず肩をびくつかせる。
彼が、来た。
一度深呼吸をして、それからスリッパをパタパタと鳴らしながら玄関へと走る。やはり慣れないスカートの裾がひらひらして気になった。
ドキドキしながらもあくまで平静を装いドアを開ければ、仕事のときとは打って変わった表情を浮かべる彼がいた。が、その表情はいつもの柔らかなそれとは何か違う。
彼は、目をぱちくりさせながら私を見つめていた。
やはり、ちょっと気合いを入れすぎただろうかと途端に不安がこみ上げる。
「あ、おかえり」
「…ただいま」
「えーっと、その……」
言葉が続かない。
お洒落をした理由を言うべきか、似合ってる?と聞いてみるべきか、そのままスルーするべきか。緊張と不安とドキドキで思考が纏まらず混沌としている。
2人の間に、落ちた沈黙。
少し涼しい風がスカートの裾を揺らしたのと、彼が口を開いたのはほぼ同時だった。
「今日は何かあるのですか? そんなにお洒落をする理由がないわけではないでしょう?」
「あっ、その、誕生日! 今日、トキヤの誕生日だから、その、祝いたくて」
「……誕生日、ですか」
「そう、誕生日。で、特別な日だから普段通りの私で祝うのは何か嫌で……。今日はトキヤが生まれてきてくれた大切な日だから、その……普通に祝うのは絶対嫌で、だから――」
必死に探しながら発していた言葉を最後まで続けることは許されなかった。
圧倒的な引力に引かれ、私の体は一瞬にしてトキヤの腕の中に収まってしまう。
すぐ近くで感じる彼に、心臓は今までにないくらいの心拍数を実現する。先ほどまでの不安はすっかり消え、ただただドキドキする。
「ありがとうございます。まさかここまでしていただけるとは思っていませんでした」
「……っ」
「こんな風にお洒落までして……まったく、君はどこまで私を虜にすれば気が済むんです?」
囁くように、甘い声でそう言ってくる彼に返答などもちろん出来ない。
虜にしているのはむしろトキヤの方ではないか。と、反論する事ももちろん出来ない。
ほんの少しだけ抱き締める力を緩め、今度は今日頑張って巻いた髪を弄びながらトキヤは愛おしげに見つめてくる。優しくて温かい、そんな眼差し。
私はその眼差しにどうも弱いらしく、すぐさまどくんと胸が脈打った。
「今日の君はいつも以上に扇情的ですね。服装も……、化粧も少し変えましたか?」
「あっ、うん」
「……とてもよく似合っています」
「あ、ありがと」
ああ、駄目だ。このまま彼のペースに乗せられてはちゃんと祝えない。
頑張れ自分。彼女としていいとこの一つは見せなくては。
「トキヤ!」
「何ですか?」
「誕生日、おめでとう。トキヤが生まれてきてくれて、私に出会ってくれて、本当にその、私すっごい幸せだよ。ありがとう!」
精一杯の言葉で伝えたら、トキヤはふわりと微笑んでから優しいキスをくれた。
精一杯のおもてなしを、貴方に
誕生日おめでとう。
私の生きるこの世界に生まれてきてくれてありがとう。
その言葉を、愛しき彼に贈ります。
2013.0806 HAPPY BIRTHDAY Tokiya!