街角でギターを取り出すと、私は一度大きく息を吸った。
こんな事をして両親が認めてくれるとは思わない。が、子供なりの抵抗だ。これで意志を示す、そう決めたから。
ピックを持ち直してから、ギターをかき鳴らす。聞き慣れた音が夜の街に響いた。
この駅前で弾けば嫌でも両親は気がつくに違いない。最寄り駅なんだし、と考えただけで行動した。他の事なんて何も考えてなかった。
心の向くままに声を出し、歌詞を紡ぎ、ギターをかき鳴らす。余計なことは考えない。
無我夢中で一曲歌い終わると、予測していなかった拍手が聞こえてきた。
「あなたの歌、心に響きました。とても素敵な歌声ですね」
「あっ、ありがとうございます!」
拍手をくれ、さらには感想まで言ってくれたのは同い年くらいの青年だった。帽子で顔がよく見えないが、背格好はすらりとしたモデルのような体格。
丁寧な言葉と低く優しい声に思わず一瞬惹かれてしまったが、すぐに意識を現実に引き戻す。
「ここでいつも歌っているのですか?」
「いえ、今日だけなんです。両親に何としても聞いてもらいたい願いがあって……。言葉だけじゃ足りないかなって思って、歌で伝えようと」
「聞いてもらいたい、願い?」
「はい。私、アイドルになりたいんです。憧れのHAYATO様みたいな、すごいアイドルになりたくて」
つい気持ちが上がって話してしまった目的と夢に、青年はピクリと反応した。
どうかしたのかな、と見つめていると青年は小さくため息をついてから帽子のつばを僅かに押し上げて、私を見つめた。
刹那、ハッと気がついてしまう。
嘘だ、あり得ない。
「あっ、あなたは……っ!」
「しっ、それ以上は言わないでください」
「え? あ、は、はいっ」
人差し指を唇にあて、彼は私にその先を言わせなかった。
それから彼は一拍置いて、静かに言葉を発していった。
「……あんなアイドルに、なってはいけません」
「え?」
真剣にそう言ってのけた青年の双眸に、釘付けになる。
憧れがどうこうじゃない。ただただ、その瞳に宿った光の強さに目を奪われる。
言っている意味を頭で理解しながらも、疑問を抱きながらも、それが口を突いて出るようなことはなかった。
「テレビで見るのとは違ってアイドルは前途多難な仕事ですが、その中でもその心を失わないでください。あの人のように、偽りの笑顔しか浮かべられなくなってしまわないように……」
「……」
「話はそれだけです。
……いつか、同じ場所に立ち共に歌える日を楽しみにしています。では、また」
そう言って青年は背中を向け、立ち去ろうとする。
ああ、待って。
私はまだ、あなたと話していたい。
まだ、聞きたいこともいっぱい、いっぱいある。
せめて、何か……。
「あ、あのっ!」
「何ですか?」
「お、お名前……を…っ」
頭がぐちゃぐちゃになって、何故だか不必要な質問をしてしまった。何てったって彼はあの――。
「……一ノ瀬 トキヤです」
「ん、えっ?」
「私の名前を聞いたのでしょう?」
「あっ、はい」
「なので答えました。何か不都合でもありましたか?」
「いえ、ありません。あ、私、澪崎 琉華って言います」
何故だか名乗ってしまった。私は一体何がしたいのか。とりあえず頭を整理したいが状況がそれを許さない。
しかし彼……一ノ瀬 トキヤと名乗った彼は訝ることもせず、僅かに微笑んだ。テレビで見るあの笑顔とは全く別人のもののような、静かな雰囲気漂う笑顔。
「澪崎 琉華さん、ですね。覚えておきます」
そう言ってトキヤは本当に立ち去ってしまった。夜の街の、人の波を避けるように少し暗がりの方へと消えていく。
それをぼーっと見つめながら、私はふと先程の奇跡を思い出す。
「あれ、確かにHAYATO様だった……よね?」
そんな私の呟きは、当たり前のように夜の街に消えていった。
それから半年後に彼と再会する事になるなんて、私は知る由もなかったのだった。
刹那的ノクターン
(一瞬にして永久の如き邂逅の先に開かれた未来の扉は、)