彼女をパートナーにしてだいぶ月日が経ち、気付けば夏休みに突入していた。
卒業オーディションに向けて動き出す面々がレコーディングルームに向かうのを横目に、壁に背中を預ける。手には彼女が「思い付いたばかりでまだラフだけど、あげるね!」と何故かくれた楽譜。
私に歌えと言うのでしょうか。
確かに歌ってみたい気もする。そんな旋律が譜面に記されている。が、何故だか気分が乗らない。
何かが引っかかって、歌おうにも声が出ない。
「トキヤ!」
考えていると遠くから私を呼ぶ声がして、目線を上げる。
譜面を渡した張本人――澪崎琉華がこちらに走ってくるのが見えた。
「っはぁ、はぁ……ごめんね、遅れちゃって……」
「いえ、構いませんが……。何かあったのですか?」
「えっ?」
私の問いに目を見開く琉華。そこまで驚く質問をした覚えはないのですが。
「な、何で?」
「あなたは時間五分前には必ず来る人ですから」
「あ、ま、まぁ、うん……五分前行動は心掛けてるから、ね」
戸惑いつつも笑顔を作る彼女に、胸が痛くなる。
辛い。
苦しい。
彼女を見ていると、何故か私が泣きそうになってしまう。
「……トキヤ? どうしたの?」
「…いえ、何でもありません」
「そう? じゃあ、早速行こっか」
今日は気分を上げるために外で話し合う予定だ。それ自体はとてもいい案だったため、承諾した。
しかし、やっぱり今日は。
「琉華」
あの歌も、あの笑顔も。
全部が全部、彼女の苦しみを表していた。
譜面が私に伝えたのは、美しく素晴らしい旋律に隠された彼女の苦しみ。
笑顔が私に伝えたのは、果てしなく深い闇の底で泣きそうになっている彼女。
隠しきれなかった、本当の彼女。
「今日は私の部屋で、話し合いませんか?」
だからせめて私の前では素直になってほしい。合間の休憩時間にでも構わない、一瞬でも構わない。素直になってほしい。
そんな事を考えながらも、悟られないようにして提案すれば彼女はまた作った偽りの笑顔で微笑んだ。
私と彼女と笑顔の仮面
(いつか彼女が本当の笑顔を浮かべられますようにと願うのは、罪ですか?)