太陽がくれたモノ | ナノ


15 対峙 [ 21/27 ]


 車から降りると駆け足で病院の中に入った。歩き慣れた院内だが、手術室には行ったことがない。
 案内板を一瞥してから近くのエレベーターのボタンを押す。
 来るのを待つ、その時間さえも長く感じた。今この時この瞬間にもお母さんは必死で病気と闘っているんだと考えると、一刻も早く向かいたかった。
 再び襲い来る不安に震えれば、ティーダがぎゅっと手を握ってくれる。その温もりが、支えだった。
 エレベーターの扉が開き、心なしか急ぎ足で乗り込む。手術室のある階のボタンを押し、いつになく力むその手で“閉”のボタンを押す。


「……ごめんね」
「えっ?」
「私、ティーダに支えられてばっかりだから……。うん、本当、支えられてばっかり」


 情けないと、自嘲気味に笑えばますますこみ上げてくる罪悪感。
 彼は私にたくさんのものを与えてくれているのに、私は彼に何も与えていない。むしろ迷惑をかけてばかりだ。
 だが、そのままではいけないことも分かっている。


「でも、私もっと強くなるから。ティーダに何かあったとき、支えられるくらいに強くなるよ。絶対に」
「アンリ……」


 必ず強くなって、君を支える。
 そして、胸の奥に押し込めた甘い“何か”にいつか正直になれるように。必ず強くなってみせる。
 そう誓ったと同時に扉が開く。先程より落ち着いて手術室に向かいながら、ふと無意識に体が震えた。
 何だろうと思いつつも歩を進めた、その時。


「嘘……っ」


 手術室の前にあるベンチに人影が一つ。まだこちらには気付いていないようだが、そんなこと関係ない。
 まず、覚悟するべきだった。
 お母さんが手術するのに、私だけ行くなんておかしいんだ。私は一人っ子ではない。
 何故、気付かなかったのだろう。
 家族の一大事に、駆けつけないはずがないのに。
 逃げたい気持ちを抑えて一歩ずつ近付いていけば、彼はちらりとこちらを見た。その目に宿る光は、不安と嫌悪が入り混じっている。


「……お兄ちゃん」
「アンリ、そいつは何だ?」


 開口一番に彼……ディアは私の横に立つティーダのことを聞いてきた。
 当然と言えば、当然の流れだ。
 まさかここで、とは思ったが仕方がない。私は大きく息を吸ってからディアを見つめた。


「私、ティーダやスコールや他のみんなと住んでるの。親戚の家になんて行ってない」
「……で?」
「……約束も、破った」
「だから?」
「許してほしいなんて言わないけど……聞いてほしいの、私の話」


 少しでも強くなる。そのためにはまずここで臆することなく立ち向かわなくてはいけない。
 震える体を諫めながら、自分の兄のその双眸を見つめた。


「……アンリ、俺言ったよな? 男とは関わるなって。危ないから関わるなって言ったよなぁっ?!」
「……っ」
「お前のためを思って言ったのに、何でお前はその気持ちを無下にするんだよ、ふざけんな!」


 ベンチから立ち上がり、声を荒げてこちらに向かってくるディア。その目に恐怖して体がぴくりとも動かない。
 そんなことはつゆ知らず、ディアが掴みかかろうとしたその時、彼の間にティーダが立ちはだかる。


「退け、今すぐ」
「……」
「さっさと退けろ、俺はアンリに用があるんだ」
「オレはあんたに話がある」


 いつもからは想像もつかないような強い語気でティーダは言葉を発していた。ディアの威圧にも動じていない。
 強いなと、感じた。
 私はこんなに強くなれない気がした。いくら頑張っても、彼の前に出られるほど強くはなれない。そう感じた。


「あんた、アンリを守りたいんだよな?」
「ああ」
「だからってアンリを傷つけていいのかよ。あんな不自由な人生を送らせてもいいのかよ!」


 ティーダがぎゅっと拳を握りしめる。


「束縛して、確かに危険は減るかもしれない。でもそれじゃあ駄目だろ!」
「……お前に何が分かる?」


 刹那、夏にもかかわらず空気がすうっと冷めていった。ティーダもそれに驚きびくりと体を震わせる。
 ディアの目が、僅かに細められた。


「世の中、卑しく穢らわしい男ばかりが生きてる。お前だってそうだ。今はそうやっているが、いつかは欲に負けてアンリを傷つけるのがオチだろ?」
「あんた、何言って……っ!」
「俺の友達にもいた。欲に負けた穢らわしい奴がな。そいつみたいな奴が街に溢れかえっているとしたら、兄としてやることは一つだろ」


 束縛して、妹を守る。


 平然とディアはそう言ってのけた。
 おかしい。
 確かに危険な男もいるだろう。でも、それはごく一部でほとんどは何でもない普通の人だ。クラスの男子だって、そんな危険な人なんかじゃない。
 なのに、穢らわしいなんて。


「そんなの……っ、おかしいよ、お兄ちゃん」


 そう、おかしい。
 だから伝えなくてはいけない。
 私は意を決して、ゆっくりとした足取りでディアの前に立った。




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