14 暗雲を取り去るは太陽 [ 20/27 ]
お兄ちゃんと向き合うと決意した、次の日のことだった。
「はい…………はい、分かりました。すぐに行きます」
受話器を置くと、途端に不安がこみ上げてきて私はその場に座り込んだ。 どうしよう。 今まで感じたこともない不安と絶望が胸を満たしていく。涙が一筋伝うのを感じて、すぐに拭うが我慢できるのも時間の問題だった。
「大丈夫ッスか?」 「うん……」 「それで、どう…だったんだ?」
私の肩を抱きながら心配そうに見つめてくるティーダの後ろに立っていたクラウドが、聞きづらそうにしながらも問いかけてきた。
「急に容態が悪化したから、緊急手術するらしいです…。お母さん、あんなに元気だったのに……っ」
あの日見舞いに行ったときは、元気すぎて病気だという事を忘れるくらいだった。 だから信じられなかった。 あの穏やかな笑顔が、何もかもが証拠になるんだと叫んでしまいたい。お母さんは元気だったのだと、だから容態が急変するなんて夢なんだと、叫んでしまいたかった。
「……病院に行くんだろ?送っていく」 「えっ?」 「歩きやバスを使うより車の方が速いだろ。……ティーダも、来るか?」
棚の上にある小さな籠からいくつかキーホルダーのついた車のキーらしきものを取り出したクラウドはその碧眼をティーダに向ける。 問いかけに対して、即答とも言える速さでティーダはもちろんッス!と頷きながら答えると、私を見た。
「アンリ、大丈夫、うまくいく。オレも行くから、一緒に待とう」 「ティーダ……」 「……決まったな」
そう言ってクラウドは足早にリビングを出て行く。 私はティーダに支えられながら立ち上がる。が、未だに先程のショックを引きずっているらしく頭がくらくらした。 お母さんが死んでしまうかもしれないと、一瞬思った。いや、最悪の場合も考えられるのだから、もしかするとあり得るのかもしれない。 それが怖くて、電話をしている最中も足ががくがくと震えた。泣きそうになるのを必死でこらえたけれど、それでも涙は流れた。
《大丈夫、うまくいく》
ティーダはああ言ったけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
「アンリ」
考え込んでいるとティーダが私の名を呼んだのが聞こえてきて、自然と下を向いていた視線を移す。 ――刹那、強い力に引っ張られた。
「っ?!」 「……大丈夫じゃないだろ、全然」
優しい温もりに包まれる。頭上から降ってくる声もまた、日だまりのように温かいが少しだけ辛そうだった。 ティーダの腕の中で、彼の声を間近で聞きながら私はただただ硬直するほかなかった。が、次の瞬間、まるで堰を切ったように涙がとめどなく流れていく。 はらはらと、はらはらと。 大丈夫、の言葉でせき止めていたはずの涙が流れていく。 彼の温もりが、優しさが、我慢しようとして取り付けた枷をいとも簡単に消し去ったのを確かに感じた。
「気休めにしかならないけどさ、大丈夫って信じるしかない。アンリが信じないで、それでお母さん死んじゃったら、もっと後悔するッスよ」 「……っでも、失敗したら…っ」 「アンリ」
服を掴み顔を見せないよう彼の胸板に顔を押し当てていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。遙か昔誰かにこうして慰められたなと想起させる、不思議な温もりを感じる。 だが、それを思い出すより先に胸の奥からこみ上げてきた感情に支配された。 この、彼の日だまりのような温もりと優しさに触れてまた私は感じてしまった。あの日、坂道を一緒に歩いた時に感じた気持ちと全く同じ気持ちを。 ああ、やっぱり私は――。
「ティーダ、車を出したから乗ってくれ」 「あっ、了解ッス! ……行こう、アンリ」
遠くからしたクラウドの声に返事をしてから、ニコッと笑った彼の笑顔はまるで太陽のようで。 その眩しさに感化されたように、私も自然と笑顔になる。 不安は消えないが、幾ばくか和らいでいたのは確かだった。
「うん」
大丈夫って信じるしかない。 お母さんの死を決めつけてはいけない。 必死に病気と闘っているお母さんを、信じてあげないと。 ティーダに連れられて玄関を出るまで、呪文のように心の中で唱え続ける。 大丈夫、大丈夫。
「絶対に、大丈夫だよね?」 「ん?」 「あ、ごめん、独り言」
うっかり出てしまったその言葉に、ティーダは一瞬きょとんとしたがすぐに笑顔で頷く。
「大丈夫ッスよ。必ず成功するって、オレたちが信じてあげればきっと大丈夫」
扉を開け、ティーダが私に手を差し伸べる。外からの光が玄関内に入り、少し眩しかったが彼の差し伸べる手だけははっきりと見えた。 信じよう。 私は小さく頷いてから、その手をとり、しっかりと握った。
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