太陽がくれたモノ | ナノ


10 獅子、邂逅す。 [ 16/27 ]


>>>スコール視点。


 日が暮れるまでまだ時間があった。だが、暑さをもたらしていたにあの忌々しい太陽は明らかに西の果てへと吸い込まれている。
 同じ生徒会の仲間から差し入れでもらった緑茶をバックから取り出し、一気に呷る。おかげでペットボトルの中はすっかり空になった。
 暑い。
 考えられるのはそれだけだった。暑さで朦朧とし始めた頭で思考できる限界点がこれだった。
 だから、一瞬感じた嫌な予感を気に止めるようなことはしなかった。出来なかった。
 通学路の途中にある公園に立ち寄り、空のペットボトルをゴミ箱に放る。ついでだ、と近くにあった水飲み場で水分補給。冷たい水が、心地良い。
 と、誰かの足音が背後からした。公園に敷かれた砂が、静かに踏まれる音。
 蛇口を捻って水を止め、警戒しながら振り向くとそこに一人の男が立っていた。年はだいたい20代前半、大学生くらいか。切れ長の目に、過剰なまでの嫌悪の眼差し。顔立ちは悪くないが、纏う雰囲気は殺伐としていて最悪の二文字につきる。
 これは悪い冗談だ。
 きっと、あの事はバレていない筈。
 一度だけ、見たことがあったその男に悪寒と憎悪と憤怒がこみ上げる。こいつのせいで、アンリはずっと……。


「アンタが俺に何の用だ」
「その口振り、まさか俺のことを……知っている?」
「残念ながらな」


 奴こそアンリの兄にして諸悪の根源、ディア。


「もう一度訊く。俺に何の用だ」
「用って程でもないけど。ちょっとお前に訊きたいことがある」


 笑顔を浮かべているにも関わらず悪意しか伝わらない。この先の展開に光は望めない。


「アンリの居場所、知っているな?」
「……何故それを俺に訊く?」
「何故? お前もれっきとした関係者だからに決まっているだろ?」
「俺はただの同級生。それ以上でも、それ以下でもないが?」


 言ってやれば、ディアはニヤニヤと笑い歩み寄ってくる。気味の悪さは近くに寄れば寄るほど強く感じられる。
 こんな奴がアンリの兄だなんて信じられないと改めて思う。これは実は夢で、全て夢で、アンリはこんな奴の妹なんかじゃないのではないか。そう思ってしまう。
 いや、俺はそう思いたかった。


「……お前、俺が誰だか分かっているよな?」
「ああ。アンリの兄だろ?」


 言った瞬間、先程までの願いが打ち砕かれた音がした。硝子のように脆いその願いが、割れ、砕け、粉々になる。
 口に出して、再確認させられる奴の立場。信じたくないと言っても、変わらない真実。


「……だったら、俺に真実を話さなければならないのも道理。違うか?」


 確かに、奴は認めたくはないがアンリと血の繋がった家族。居場所を知りたがるのも、それを教えないといけないのも当たり前だ。
 だが、今ここで俺が頷き、素直に自分たちと住んでいることを明かしたらどうなる?
 アンリは連れ戻され、また制限された生活を強いられる。やりたいことも全て我慢し、毎日を生きていかなくてはならない。
 それに、俺は見た。
 夕食の時かかってきたディアの電話から戻ってきたアンリが、震えていたのを。
 ……戻すわけには、いかない。


「……家族だとしても、アンタに話すことは何もない」
「俺はアンリの兄だ、家族だ。それに両親が家にいない今、アンリを管理し守るのも俺だ。俺が、アンリを、アンリの全てを管理しているんだ。それが役目なんだ。
……お前ごときに、アンリを預けるわけにはいかない。俺の大事な妹を」
「……大事なら、もっとあいつの幸せを考えてやるべきだと思うがな」


 言い捨て、足元に置いていたスクールバックを持ち上げその場から離れようとする。これ以上話すこともない。
 背を向け歩き出した時、何か聞こえた気がした。ぼそぼそと、言葉が。
 それを気にする間もなく掴まれた俺の腕。ぐるりと無理やり振り向かされ、一瞬見えた憎悪の瞳。
 刹那、頬に強烈な一撃が見舞われた。


「っく……!!」


 あまりに突然の出来事に体がついていかず、無様にもその場に倒れ込んでしまう。
 口内に広がる鉄の味と先程からの怒りに思わず舌打ちする。その次の瞬間には、腹部に激痛が走る。


「俺が、あいつの幸せを考えていないわけがないだろ?」
「……アンタは、何も分かっていないな……っ。アンリが、どれだけ我慢していたか、を……」
「分かっていないのはお前の方だ」


 冷たく、奴は言い放つ。
 刹那、ディアの足が仰向けになっていた俺の腹部に思い切り下ろされる。内臓が破裂するんじゃないかと、一瞬だが思ってしまった。それほどまでに、強い一撃。
 その衝撃に肺に溜まっていた酸素までもが押し出される。反射的に息を吸うが、腹の痛みに阻まれ思ったように息が吸えない。
 何度も、何度も。
 ディアは己の怒りを込め、俺の体に蹴りを食らわし、拳を見舞った。
 人通りも少ない小さな住宅街の小さな公園の端。気付かれることを期待する方が間違っている。


 まずい……な…。


 夏の暑さ、体の痛み。2つが意識を苛んでいる。削られていく気力が、もうすぐ完全に底をつく。
 意識を失えば、それまで我慢すれば居場所を知られることはない。そんな弱気な気持ちが顔を出す。





 そして、思い切り頬に見舞われた拳を受けたのを最後に俺の意識は闇に沈んだ。




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