09 予感は、当たるもの。 [ 15/27 ]
夏特有の気だるさが抜け始めた日没後。東の空は既に夜色に染まり、星屑が輝きを放ち始めている。 鍵を取り出し始める彼の背中を少し名残惜しい気持ちを抱いて見れば、くるりと振り返ってきた。きょとんとした表情さえも、私の胸をチクリとさせる。
駄目なんだよ。 気づいちゃ駄目なんだよ。 気づいてしまったら、気づいてしまったら――
ドアが開いた音で初めて自分の意識が思考に埋もれていたことに気付く。こちらを向いていたはずのティーダはその双眸を家の中へと向けていた。 中に入って靴を見ると、既にみんな帰っているようだった。にしては静寂が支配する屋内。 普段なら盛り上げ役であるバッツとジタンがわいわいと騒いでいるためかもう少し騒がしいはずだ。にもかかわらず、声もしなければ物音ひとつしない。並べられた大小様々な靴たちが幻影のように思えてならなかった。 何があったのか。今し方帰ってきたばかりの私には分かりかねた。静寂と共に漂う微かな冷気が、体を一瞬震わせる。 怖くなってティーダの方を見れば、同じ様に異変に気付いているようで眉を顰めている。 とにかく中に入り状況を確かめようと靴を脱ぎ、心なしか早足でリビングに向かう。 途中感じた嫌な予感を拳を固めて封じ込めた。だが、どうにも質(たち)が悪い。 先陣を切っていたティーダがリビングに繋がる扉を開けば。
「スコール!? どうしたんだよその怪我!」 「……」 「とりあえず、2人とも入って。聞いてほしい話があるんだ」
ティーダの問いに口を閉ざすスコールの代わりに、隣に座っていたセシルが静かな口調でそう言って目を伏せた。一方言葉を濁したスコールはと言えば、腕に巻かれた包帯の白をその瞳にうっすらと浮かべるだけで口を閉ざしてしまっている。 明らかに良い話ではない。そんなこと、この空気から既に感じ取れた。刹那、封じ込めた嫌な予感がにたりと笑う。 ほら、やっぱりそうだろう?とにたにた、にたにた、笑う。 鬱陶しくて、頭を小さく振る。振って、そうじゃないんだとひたすら予感を否定した。
「アンリ?」 「どうしたんスか?」 「いや、な、何でもないよ」
セシルとティーダの問いかけに急造の笑みを浮かべて、重くなった足を動かし空いていたソファーに座る。それに続くように、ティーダも私の隣に腰を下ろした。
「……スコール、話せるかい?」
相変わらず静かな口調で訊くセシルに、やはりスコールは口を開かずただただ目を逸らすばかりだった。 痛々しい腹から胸にかけてと腕に巻かれた包帯。上から羽織るパーカーに隠れて気付かなかったが、腕はどうやら右左両方とも怪我しているらしい。が、左は手首だけに巻かれているのに対し、右は肘あたりまで巻かれていた。 まさに、大怪我以外の何物でもないだろう。 一体、彼に何があったというのか。 何故、彼は頑なに口を閉ざすのだろうか。
「……アンリは、いいのか?」 「えっ?」 「俺が話す話は、あんたも関係してくる。それでも、聞く覚悟はあるのか?」
顔を上げ、見つめてくる彼の瞳には不安の色が見え隠れしていた。 私が関係してくる話。 聞くのは少し怖かった。だいたい予測はついてしまっていたから。 嫌な予感が的中することが目に見えていたから。 だが、聞かないと。私が関係してくるのなら、聞かないと。 見て見ぬ振りなんて、するわけにはいかない。
「……話して」 「アンリ……」 「私、聞く。聞かないと」
その双眸を見つめ返せば、彼は小さく息を吐き「分かった」と呟いた。 そして、ゆっくりと口を開き語り出す。
「……夕方頃の、話だ」
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