08 夕陽差す高台にて [ 14/27 ]
>>>アンリ視点。
帰り道。暑さもだいぶ和らぎ、風も程よく吹いている。空は茜色に染まり始め、日もゆっくりと落ちていく。 何だかんだと語るうちに夕方になってしまい、急いで病院を出て帰路についたもののいまいち帰る気にならなかった。せっかくいい天気なのだからもう少し寄り道したいという理由もさることながら、ティーダといる時間を何となく延ばしたいとも思っていた。 何故だか分からない。が、今すぐに家へ帰るのは何か惜しい気がしてならない。
「あ、あのさ」 「ん?」 「せっかく天気もいいんだから、ちょっと寄り道……しない?」
キョトンとするティーダ。 駄目かと思ったのも束の間。ティーダはすぐに笑顔で承諾してくれた。ただし条件付きらしい。
「オレのオススメスポットに一緒に来てくれるなら、いいッスよ」 「オススメスポットって、どこ?」 「それ言っちゃったら面白くないっつーの」
どうする?と笑顔ながらに急かしてくるティーダに快諾とまではいかないが頷く。 話も決まったところで早速移動を開始する。家までの道を途中まで歩くと、本来左に曲がる道を右に曲がった。まだ行ったことのない、私にとっては未知の領域だ。 緩やかな坂道を延々と登る。来てまだ少ししか経っていないためか、まだ慣れない。 疲れたな、と立ち止まるとすぐにティーダが振り返って心配そうに見つめてきた。
「あ、ごめんね。まだ坂道慣れなくて……」 「ここの坂道キツいもんな。少し休憩にするか?」 「ううん、頑張る」
小さく息を吐いてから再び歩き始める。 気を使ってくれたのか、隣を歩くティーダのスピードが若干下がっている。ちょくちょく私の様子も見てきて、何故だかドキッとした。 確かに優しくて気さくなティーダなのだが、何だか学校で見ていた彼と少し感じが違う。説明は、出来ないが。 彼の隣なんて学校で嫌なくらいいたはずなのに、どうしてだか今はドキドキしてしまう。心臓が、壊れそうだ。
まさか、ね。
心拍数の上昇を坂道のせいにしてちらっとティーダを見れば、ぱっちり目があってしまう。それを反射的に逸らして、またもやっとする。 坂道が終わりを告げ、最後の階段をリズミカルに上ると広がったのは茜色の街。遠くに見える海が青から赤に変わり、宝石箱の中のように美しく輝いている。 ただただ、言葉を失った。元々街中に住んでいたせいもあるのか、こんな景色を見た試しが無かった。ましてや男子となんて、努にも思わない。
「どう? 気に入ったッスか?」 「うん! すごく気に入った!」 「よしっ!!」
横でガッツポーズをする彼を見て、笑みが零れる。彼の笑顔がここまで愛おしく感じたことがあっただろうか。 否、だ。 まだほんの少ししか一緒にいないのに、こんなに見え方が変わっている。学校で会うだけだった数日前とは、明らかに違う彼の見え方。 それに反応して煩くなる私の心臓。 分かってしまうのが、怖い。 分かってしまえば、もう後には引けないと思う。絶対に。 姿が見えなくても、心の中にはまだ兄の巻きつけた鎖が残っている。あの言葉が、あの約束が、私を雁字搦めにしている。 辛い。 泣きたいくらい、辛い。 私はいつになれば、自分に正直に生きられるだろう。
「アンリ?」 「ん?」 「……また、泣いてる」 「あっ……」
今更ながらに気づく、生暖かい何か。また新たに零れ落ちそうになっていたそれをティーダがそっと親指で拭う。
「無理すんなって。泣きたいときは泣けばいいだろ」 「でも……」 「笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣いて、叫びたいときに叫ぶ。気持ちに嘘ついたって、苦しいだけだ」
いつになく真面目な顔をしたティーダが、優しく私の頭をぽんぽんと叩く。そこから、確かな優しさが伝わってくる。
「オレの前ではさ、気持ちに正直になれよ。そういう場がないと、アンリ……いつか駄目になるッスよ」 「……」 「なっ?」 「……うん」
根負けしたように頷けば、ティーダは「約束だからなっ」と念を押す。 優しい約束。守ることが幸せな、守ることで救われる約束。 初めてだった。こんな約束。ずっと、制限の名の下に交わされてきた約束ばかりだったから。 何かを“するな”ではなく、何かを“してほしい”という、願いのような約束をティーダはしてくれた。それが、無性に嬉しくて。
「……ありがとう」 「な、何スかいきなり」 「別に、お礼が言いたくなっただけ」
地平線に沈んでいく夕陽を見ながら、また笑みが零れた。
[*prev] [next#]
|