太陽がくれたモノ | ナノ


07 Doesn't admit! [ 13/27 ]


>>>ティーダ視点。


 アンリが髪留めを買いに病室を出て行った後、アンリの母……後にアンジュと名乗った彼女は俯いたまま何も言わなくなってしまった。
 気まずくて目線をあちらこちらに向けていると、写真立てが目に入った。ベージュの枠にビーズたちが様々な模様を形作りながら付いている。それらが日の光を受けてキラキラ輝いた。


「それはアンリが小学生のときに誕生日にくれたものよ」


 声に振り向けば、アンジュは力無く笑いながらオレと写真立てを交互に見つめた。


「アンリ、昔から器用だったんスね」
「ええ。あの子は物心ついた頃から色々作っては私にプレゼントしてくれて」


 写真立てを見てから動かないその目が懐かしげに細められる。
 小さなビーズを一生懸命色々な形に並べてくっつけている小学生のアンリを想像し、思わず笑みが零れた。
 と、写真立てにはめられた写真に目が行く。
 そこに写っていたのは4人。アンジュとその隣にいるのはきっとは死んだという父親だろう。前にはにこっと、まるで向日葵のような笑みを浮かべた少女――アンリだ。そして、その隣で少し不機嫌顔の少年が立っている。


「こいつが……」


 ディアの幼少期。その目には写真でも分かるくらいの鋭い眼光が宿っていた。


「その写真を撮るとき、アンリの隣は絶対譲りたくないって駄々をこねた後で。凄い不機嫌顔でしょう?」
「あ、あぁ……そうッスね」
「ディアのアンリ好きは本当に、異常でした」


 懐かしげに細められていた目が瞬きの後には悲しげなものへと変わっていた。伏せがちのその目を見るに、その時の思い出はあまり良いものではないようだ。
 この際ならと、意を決してオレはディアと、そしてアンリについて訊いてみた。


「オレ、アンリの為に何かしたいんだ。何でなのかよく分かんないけど、力になりたいって思うんだ」


 だから、知ろう。知って、アンリが抱える闇を少しでも減らして、そしていつか――。


「いつか、アンリがずっと笑っていられるようにしたいんだ」


 何も恐れず、笑っていられるような毎日に。
 オレがそんな毎日にしてやるんだ。
 問いかけるだけのつもりが自分の思いまでも赤裸々に告白してしまって、後から後悔する。これじゃあ明らかに恥ずかしい人だ。
 頬が火照る感覚にますます動揺しながらアンジュを見ると、彼女はオレを見つめながらふわっと笑った。天使の微笑みという形容が一番当てはまる、優しい笑みだった。
 そうか、これがお母さんなのか。
 こみ上げる気持ちをぐっと押し殺す。今はそれを考える時じゃない。


「あなたの思いはよく分かりました。……話しましょう、あの子達のことを」


 一拍置いてから語られた事にオレはただただ絶句するばかりだった。
 アンリがオレたちのところに来るまでにどれだけ苦しんでいたか。辛い日々を送っていたか。それが次々と明かされていく。
 淡々と語るアンジュの手はぎゅっと握られ、何かを必死に堪えているようにも見える。


「あの子は……ディアは、束縛する事でアンリを守っているんだと思うの。私達からしてみれば狂っているように見えるけど、きっとあの子からしてみれば……」
「そんなの、全然守ってるとは言えないだろ!」


 束縛こそ最高の守護。ディアはきっとそれを本気で信じている。それが本当だと、本気で。
 だが、それのせいでアンリは長い間苦しんでいたのは事実だ。何と言おうと変わることのない、不変の真実。


「アンリはそれで、震えてたんだ…!! ならそんなの守ってるなんて言えないッス!!」
「……」
「オレはそんなの認めない。束縛する事が守ることに繋がるなんて、絶対認めない!!」


 何でこんなに熱くなっているのか。そんなの、分からなかった。
 黙り込んだアンジュの表情は俯いているせいで窺えない。


「あ、オレ……」


 俯くアンジュを見てはっと自らの失言に気づく。
 ディアは誰が何と言おうとアンジュの息子。狂っていようが壊れていようが、彼女の大切な息子であることに変わりはない。
 馬鹿だ、オレ。


「あ、熱くなりすぎて、さ……。その……ごめんな」
「いえ、別にあなたの言葉に傷ついたわけではないんです」


 静かに顔を上げたアンジュはうっすら涙を浮かべ、悲しげに微笑んだ。
 明らかに無理をした笑み。アンリとよく似た、見るだけで辛くなる笑みだ。


「あなたの言っていることは至極当然なこと。そう認めてしまうと、ディアがおかしいことを認めなきゃいけない。それが、母として悲しいだけです」
「……」
「でも、事実なら受け止めるしかない……。悲しんでいられるほど、私にはもう――」


 言いかけて、アンジュは小さく首を横に振った。そしてまた、無理に笑う。
 本当に、アンリそっくりだ。


「あなたの言葉、とても嬉しかった。アンリを守りたいと言ってくれて。ディアの行為を、真っ向から違うと言ってくれて」
「……」
「だから、どうか。どうかアンリを……守ってあげて」


 病的に色白な手で、オレの右手を優しく握る。冷たくて、力無い。でも、体感的なものではない温かさが伝わってくる。
 握り返せば壊れてしまいそうで怖かった。とても脆い気がした。けど、そっと握り返し、誓う。


「必ず、守ってみせる」




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