太陽がくれたモノ | ナノ


02 無邪気な大学生 [ 5/27 ]


 夏休みに入ってすぐ、私は荷物を纏めて家を出た。お母さんに言われたとおり、兄のディアには“お手伝いで親戚の家に行く”と説明して。
 荷物は服やアクセサリーの下にこっそり学校の道具やらを詰めて、ちょっとずつ送った。何としてもディアに悟られるわけにはいかなかったから。
 そうして今。私はちょっとの荷物を片手に、真夏日の暑さと闘いながら歩いている。もう片方にはお母さんがくれた地図。

《私の昔の友達に、孤児や家庭の事情で家にいられなくなってしまった子達を引き取っている人がいるの》
《…そこに、私も?》
《今よりは自由なはずよ。ディアの縛りもない。街中に近い住宅街に住んでいるから、学校も変えなくても大丈夫だしね》

 最終的な選択は私に委ねられた。最初は断ろうかと思ったけど、今の生活から脱却したいという気持ちの方が強かった。
 お兄ちゃんの束縛が、ない。
 もうつきまとわれることも、ない。
 私の思うとおりの友達と自由に遊び、思うとおりの生活を自由にしてもいい世界が、そこにはある。
 お母さんが勧めてくれているならば、私が思った通りに生きても良いならば、私は家を出たい。私はそう告げた。
 お母さんはというと、私の決断にただ一度頷いて、近くにあった紙とペンを手に取るなり地図を書いて私に手渡した。
 …のはいいのだが。


「お母さん…絶対私が方向音痴なこと、忘れてるよ…」


 地図を見ても、その通りの場所に行こうとしてもずっと同じ場所をぐるぐる、ぐるぐる…。地図を逆さまに読んでるわけでもないのに、どうして着かないのか逆に疑問だ。
 お母さんもお母さんで、住み慣れた町だからって簡単な説明しかしてくれなかった。住み慣れているからって説明省くのはちょっとというかかなり困る。
 何はともあれこんな炎天下の中歩いていたら干上がるのも時間の問題。ひとまず避難をしなくては。この太陽という魔物の光線が届かぬ場所に避難しなければ、本当に干物になってしまう。
 ぐるりと辺りを見回して、一番最初に目に入った建物の影に一目散に逃げ込む。


「ふぅ…、暑っ…」
「ぬぁ〜…暑いなぁ……」


 いきなりした声に振り向けば、茶髪の青年が自分の隣に立っていた。さっきまで居なかったのに。
 ふと看板を見ると“市民プール”などと書いてある。だが、この人は手ぶら。プールの道具がどこにも見当たらない。


「ん?どうした?」
「ふぇっ?」


 急に声をかけられて、つい奇声を発してしまった。は、恥ずかしい…。
 まあ、結構じーっと見ていたから声をかけられても仕方ないといえばそれまでなんだけど。


「で、どうしたんだ?オレの顔に何かついてんのか?」
「い、いえいえ!! ちょうど同じようなことを呟いたから気になっちゃって…。でも、市民プールから出てきたにしては道具がないな…と」


 うわ、何事細かに説明してるんだろ…。絶対変人って思われてる!!
 羞恥心がどんどん膨らみ、ただでさえ暑いのに体温は上昇する一方。
 青年はそんな私を見て、特に訝るわけでもなく無邪気に笑みを浮かべる。その笑顔は幼児などの、まだまだ世間の柵を知らない者のそれだった。


「ん〜、確かに気になるよな。…オレ、ブリッツやってる弟がいてさ。今日もここで基礎トレーニングしてんだけど。んで、忘れ物したって言うから届けてやった帰り」
「ああ…だから道具が無いんですね」
「そうそう。別にオレは泳がないしな」


 それよりあんたは?


 そう聞かれ、一瞬フリーズした。あれ、私見た目的にはプールに来た人みたいな感じに見えなくもないんだけどな。


「だってさっき、物凄い勢いで走ってきてたからさ。中から見ててびっくりした」
「あ、あれは…! ただ、日陰にとりあえず行きたくてですね…」


 炎天下から何とか逃れようとした猛ダッシュをこの人はしっかりと見ていたんだ。だから、プール目的ではなさそうと判断したのだろう。プールを見つけて猛ダッシュする人は小学生かそれ以下の子供だけだ。
 そこまで見られていたとは…。ますます恥ずかしくなってきた。

「じゃあ、泳ぎに来たわけじゃないんだな」
「はい、まあ…」


 あ、そうだ。いっそのことこの人に道を聞いてみよう。いい人そうだし。それに少なくとも、私より地図は読めるだろう。
 思って、右手に握っていた地図を見せながら尋ねてみた。


「ああ、ここなら知ってるぜ」
「本当ですか!?」
「だって、オレんちだし」


 青年のその言葉が脳内でエコーする。
 …え?
 オレんちって、オレの家?この人の家?
 じゃあこの人もお母さんが言っていた“孤児や家庭の事情で家にいられなくなってしまった子”ってこと?
 考えを巡らせている横で、青年は顎に手を当てながら何か考えているようだ。時折、何かをボソッと呟いている。


「なぁ、まさかアンリってあんたのことか?」
「え? そう、ですけど…」
「やっぱり! じゃあ新しい家族って、あんたのことだったんだな!」


 嬉々とした表情でそう言われて、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。照れくさい感じも若干あるけれど。
 新しい家族が増えることはつまり、面倒事も増えるし食事から洗濯から全てにおいて1人分増えるわけだ。だから、絶対に嫌な顔をされるものだと思っていた。その分、より嬉しくて。


「オレはバッツ。一応、大学生な」
「大学生…って、えぇぇっ!」


 見えなかった。とは言わない。いや、見えなかったのは事実だけど。明らかに失礼だから言わない。
 口調やら何やらを加味しても大学生には見えなかった。どこか幼い感じが残っているというか…何というか。


「んな驚かなくてもいいだろ〜。それよりさ、家にさっさと行ってアイスでも食おうぜ」


 言うなりバッツはスタスタ行ってしまう。アイスが一番食べたいのはバッツだろう。
 そう思いながら、私はすぐにバッツの後を追った。




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