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市民プールを離れ、住宅街の緩やかな坂を上ると見えてきたのは白を基調とした家だった。大きさは普通の家の比じゃない。こういう建物を俗に“豪邸”などと形容するのだろう。 その影響なのか、周りの家々が残念に見えたことは言わないでおこう。 家に着くなり平然と鍵を取り出すバッツを見る限り、彼は本当にこの家の住人なんだなと思わされる。そして自分も、今日から住人のひとりになるということも。
「今家にいるの、オレとアンリだけだからさ。リビング着いたら適当なとこに荷物置いて休んでてくれよ」 「は、はい!」 「あ、あと、オレ達もう家族なんだから敬語禁止な」 「えっ?」 「まあ、使った方がよさそうな奴はいるけど…オレにはタメでいいから」
なっ!と満面の笑みを浮かべられて、何も返せなくなる。その笑顔は武器か何かか。 戸惑いつつもうん、と頷くとバッツは満足げな表情を浮かべた。 準備してくれたスリッパに足を入れ、彼の後をついて行く。 家の中は当たり前に広かった。玄関から入って右に曲がるとリビングやダイニング、キッチンなどがあり、左に曲がると個々の部屋があるらしい。二階に上がればまたいくつか広い多目的部屋のようなものも存在するそうだ。 何だかとんでもないとこに来てしまった気がする。中庭も備え付けのプールもあるってどんな家だよって話だ。 リビングに到着し、荷物をいかにも座り心地のよさそうなソファーの横に置き、そのままそのソファーに腰を下ろす。やはりというか、座り心地は最高だった。 バッツはリビングのさらに奥にあるキッチンで冷蔵庫の冷凍室を開けてアイスを探している。
「アンリ、ストロベリーとチョコとクッキー&チョコ、どれがいい?」 「(3択のうち2つはチョコ…)そうだなぁ…じゃあ、クッキー&チョコで」 「おー。えっと、クッキー&チョコは…」
バッツがアイスを準備している間、部屋をざっと見渡してみる。目の前には大きな液晶テレビ。その先には一面磨き上げられた窓。見えるのは町並みとその先の海。 また別なところを見ると、電話などが置いてある棚に沢山の写真立てがあった。色んな人が写っているように見える。誰なのかまでは見えなかった。 その横に、いくつかのトロフィー。
「あれ、このトロフィーって…」 「ああ、それか? それはさっき市民プールのところで話した弟のやつ。他にも結構あるんだぜ」
アイスとスプーンを持ってバッツが戻ってきた。受け取ってお礼を言うと、早速蓋をペリッと剥がす。
「弟さん、すごい選手なんだね」 「まぁな〜。血は繋がってないけど、自慢の弟だな」
そう言うバッツの顔はどことなく兄のそれで。 私もこんな兄が欲しかったな…と密かに思う。
「あ、そうだ」 「ん?」 「今誰もいないから話しとくけどさ。セシルっていう奴を怒らせない方が身のためだぞ」
スプーンを振りながら力説される。
「夜には会えるだろうけど、見た目からしたら優しそうなんだよ。でも、ここで騙されたらダメだ。黒が発動するともう、なぁ…」
表情を見るからに、きっと怒らせたことがあるのだろう。さっきまでの元気が思い出に奪われていく様子が目の前で展開される。 とりあえず、セシルという人は絶対に怒らせないようにしよう。
「他になんか注意事項は?」 「ん〜そうだな〜。あ、冷蔵庫の中にプリンが入ってたら絶対手は出すな、とか」 「どうして?」 「それは…――」
ピーンポーン…。
突如として鳴るインターホン。バッツはスプーンとアイスをテーブルに置くと、モニターを確認して玄関へと向かっていった。 ちらっとアイスを見ると、既に溶け始めていた。力説したせいで体温上がったかな。 とりあえず自分のアイスを食べてしまおうとスプーンで掬い、口に運ぼうとしたその時だった。
「ただいま〜。めっちゃ暑かったッス…」
聞き覚えのあるあいつの声に耳を疑った。
真夏日の昼下がり。 無邪気な大学生の次に来たのは紛れもなく、あいつでした。
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