19 太陽がくれたモノ [ 25/27 ]
数日後。 ついこの間出したばかりの荷物を再びダンボールに詰め込みながら、私はふぅと一息ついた。 お母さんの手術も無事成功し、容態も安定している。それにほっとしたのも束の間、次の問題が私を待ち受けていた。 ディアのことだ。 ティーダのことは信じてくれたようだが、まだまだ外の人を信じることは出来ないらしい。通っている大学でも人付き合いを極端に拒んでいたらしく、回復には時間がかかりそうだった。 しかし、今の彼はもう私を縛らない。目を覚ました彼が狂うことはもうない。 だから、決意した。
「……よし、終わり」
最後にお気に入りの本を入れて、私は窓の向こうを見つめた。 ディアの人間不信を改善するためには、やはり私がいなくてはならない。そう思って、私はこの家を出て自分の家に帰ることを決めた。 短いながらも親身になってくれたティーダ達と別れるのは辛い。だが、今生の別れではないからと必死に言い聞かせる。 しかし、それでも。 ――もう、ティーダと一緒にいられないんだ。 そう思った瞬間、涙が零れた。 離れたくない。 家族じゃなくなったら、私はもうただのクラスメートになってしまう。その他一般の一人になってしまう。 あの太陽のような笑顔を、近くで見られなくなってしまう。 思うほどに、涙が流れた。声を押し殺しても、涙を止めることは出来ない。はらはらと流れるそれを拭うことすら、今の私にはままならなかった。 外に出よう。思って私は荷造りもほどほどに部屋を飛び出した。 すれ違った誰もが目を見開く中、それすらもお構いなしに外に出る。夕方とはいえ夏の暑さが和らぐことはあまりなく、湿気を含んだ生暖かい空気が肌にこびりついていい心地がしない。 この暑さで走ればきっと汗だくになってしまうだろうなと思いはしたが、走らずにはいられなくて私は無我夢中に走った。 寂しさも辛さも忘れたい。私はあるべき場所に帰るだけなのだから、こんな気持ちを抱いている必要はない。 あの甘い何かも、いっそ忘れてしまえたらいいのに。 そうしたらきっと、こんなに涙も出なければ辛いこともないのに。
「……あれ?」
そんな事を考えながら走っていると、ふと目の前に見覚えのある景色が広がっていることに気付いた。 忘れるはずもない、ティーダと2人で来たあの高台。 まるで誘われるように高台の階段をゆっくり上れば、案の定といった風に彼がそこにいた。 刹那、胸の内からあの甘い何かが込み上げてくる。
「……あ、アンリ」
ある程度進んだあたりで彼――ティーダもこちらに気付いたらしく、ごくごく自然な流れで駆け寄ってきた。
「こんなところで何してるの?」 「あー、うん、ちょっと考え事ッス」 「考え事?」
問いかけに対してそろそろと目を逸らして以降目を合わせないティーダの頬は夕日を受けているせいか微かに赤く染まっていた。 なかなか目を合わせてくれないのを不審に思いながら見つめていると、視線に負けたかようやくティーダがこちらに目を向ける。 その表情を見て、私は固まるほかなかった。 いつになく真面目でキリリとした、覚悟を決めた人間の顔がそこにあったのだ。その双眸は強い光を宿し、じっと私を見つめている。 心臓が今までにないくらいに大暴れする。 息をすることも忘れそうになる。 甘い何かが溢れそうになる。
「…ティーダ……?」 「ちょっとさ、真面目な話してもいいッスか?」
いつもより僅かに低い声に私は無言で頷いた。 何かが起こることは間違いなかった。
「こういうこと言うのちょっと緊張するし、オレ頭悪いからさ……あんまりかっこいいこと言えないけど…」
彼の頬の赤は夕日のせいではない。私はこの瞬間に悟ったものの、時既に遅し。 次の展開を予測する余地すら与えられぬまま、ティーダは私を見つめて言った。
「――好きなんだ、アンリのこと」 「っ!?」
あまりに突然の出来事に私は言葉を失った。 ティーダが私のこと、好き? そんな事、あり得るのか。 私は今までティーダに頼ってばかりで、何も与えられなかった。ただただティーダから勇気を、元気を、笑顔を与えられるばかりで私からは何もお返しなんて出来ていない。 何もしていないのに、何故。 疑問は腐るほど浮かぶが、それ以上に込み上げてくるのは紛れもない喜びだった。
「……本当、に?」 「本当ッスよ。オレ、本気でアンリのことが好きなんだ。……これくらい」
優しく微笑んだかと思うとティーダはいきなり私の身体を引き寄せ、そしてぎゅっと包み込むように、しかし力強く抱き締められる。 ドキドキが加速する。 息することすら辛いくらいに心臓が暴れて止められない。
「……返事、聞かせてほしいッス。どんな結果でもオレ、ちゃんと受け止めるから」
耳元で優しくそう言われ、思わずびくりとしてしまう。ドキドキは加速するばかり。 そんな、返事なんて考えられる状況じゃない。そう思ったのも束の間、私の頭の中で案外すんなりと情報処理が進み、答えを導き出す。 ディアのこともあらかた解決した。 だから、もう。
「私も、好き。ティーダが…好きだよ」
言ってからまた抱き締める腕に力を込めたティーダに応えるように、私も彼の背に手を回した。
――彼がくれたものがある。 たくさんあるけど、私は真っ先にこの2つを言いたい。
私の太陽がくれたもの。それは少しの勇気と、そしてもう一つは……ひだまりのように温かな愛。
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