17 守護者の真実 [ 23/27 ]
>>>ディア視点
俺が高校3年生になった年の夏、母さんが倒れた。死んだ父さんの墓参りに行こうかとかそんな話をしていた矢先の出来事だ。 病院に運ばれた母さんは当然のように入院が決定し、俺はアンリと2人で過ごすことになった。 が、落ち着かない。
《また、後輩のクラスでアレ、あったらしい》 《マジかよ! 次はどこの高校の女子だ?》 《それが、C組の奴の妹らしいぜ。ほら、あの可愛い子。まだ中学……2年生だっけか》
冷蔵庫のお茶を取り出しながら、講習の休み時間に話題に上がっていた話が思い出される。 俺が通う高校は所謂男子校。女との関わりが一切ない場所だ。故にどこそこの女子高生が可愛いだとか、そんな話もよく上がっていたのだが。 そんな中で問題になったのが、俺の通う高校の生徒が立て続けに中学生から大学生くらいまでの女を襲い、要するにそういう関係を築き上げるという事件だった。夜な夜な街を徘徊しては女を連れ込んで問題を引き起こすものだから、ニュースにまでなる始末。 そんな状況だからこそ、落ち着かなかった。 アンリは今年で中学2年生。ちょうど襲われたC組の奴の妹と同じだ。 父さんも母さんもいない今、守れるのは俺しかいない。
「お兄ちゃん?」 「? あ、何だ、アンリか。どうした?」
噂をすれば何とやら。アンリが制服のまま後ろに立っていた。またそのまま昼寝したのだろう。糸くずがちらほらついているのが見て取れる。
「お友達、来たよ」 「あ、ああ、ヤバい、忘れてた」
そういえば今日は高校の友人が泊まりに来る日だった。親友の括りに入ること間違いなしのあいつとのお泊まり会は前々から計画していたというのに、このところの事件で頭がいっぱいになっていた。 急いで玄関に向かえば、親友であるレオが大きくため息をつきながら俺を見つめ返した。
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「にしても、ディアの妹マジで可愛いな。あ、名前は?」 「アンリ、です」 「アンリちゃんかー、可愛い名前だなぁ」 「おい、いい加減にしろよレオ。調子乗るようなら即刻閉め出す」 「ったくディアは物騒だよなぁ」
食事やら風呂やらの後、ソファーに座りながら話題はアンリに移りレオが調子に乗り出した。本当はあまりアンリのことを知られたくはなかったのだが仕方ない。お泊まり会なのだから逃げ場はないんだ。 親友としては最高だが如何せん惚れっぽいレオの事だ。数分後には口説き始めるだろう。
「アンリ、部屋に戻ってろ。こいつに付き合ってたら疲れるから」 「うん」 「おい、酷い言われようだな俺」
睨んでくるレオを視界の外に追いやってソファーから立ち上がり、アンリを撫でる。不器用な俺のスキンシップになかなか慣れてくれないアンリはまたおどおどしてしまった。情けないな、俺。 落ち込みつつもアンリを部屋に帰し、再びレオとソファーに座る。
「そういや、C組の話聞いたか?」
テレビのチャンネルを回しながら真っ先に切り出された内容に、俺はびくりと反応した。
「ああ、妹が襲われたやつか。講習のときに聞いた」 「ったく、最近多くてたまんねえよなぁ。朝から晩までマスコミの奴ら、校舎前にいやがってさ。裏口から入らねぇとすぐ囲まれる」 「囲まれても『俺、関係ないんで』って言えばいいだろ」 「お前みたいに度胸ねぇんだよ俺は」
言ってレオはコップに入ったお茶をぐいっと一気に呷った。 度胸云々の話だったろうか、と疑問に思いつつもあえて口には出さずにお茶を飲む。
「……あ」 「どうしたよ?」 「お前の布団用意するの忘れてた。今から準備するから、適当にテレビでも見ててくれ」 「あいよ、好き勝手見てるとするわ」
ひらひらと手を振りながら見送るレオに、何故だか笑いがこみ上げる。ああ、地味に俺、お泊まり会楽しんでるんだな。 夜中に何のトークをするか考えながら、俺は軽い足取りでリビングを後にした。
それからしばらく経ってリビングに戻ると、そこにレオはいなかった。
思ったより時間がかかったらしく、テレビには夜中にお会いできるニュースキャスターが映し出されていた。
『次のニュースは、最近問題となっているあの高校についての新情報です』
そう言って映し出されたのは紛れもなく俺の高校。あの中学2年生の子の事件を既にマスコミは掴んだらしい。 ため息をつきながら、即座にチャンネルを変える。全くもって気分が悪い。
「それよりレオはどこに消えたんだ?」
外に出た様子もない。携帯はテーブルの上だ。 シャワーなども既に終えているが念の為確認しておく。トイレも数回ノックし、確認。どうやらいないらしい。 一階を一通り確認してから二階に上がる。二階にあるのは主に家族の部屋で、別に興味をそそるようなものはないはずだ。
《にしても、ディアの妹マジで可愛いな》
ふと、レオが言った言葉を思い出す。
《それが、C組の奴の妹らしいぜ。ほら、あの可愛い子。まだ中学……2年生だっけか》
嫌な予感を増幅させるように思い出されていくあの事件のこと。 レオに限ってそんな、あり得ない。あいつはそんな奴じゃない。 信じようとしても不安になって、俺は真っ先にアンリの部屋のドアを開けた。 刹那、俺は神を呪った。
「何、してんだよ……」 「ディア、何で…」 「何してんだよお前!」
怒りがこみ上げ、殺意すら抱いた。 寝ている妹に跨がり、服に手をかけていた親友を乱暴に引き剥がす。床に無様に転げた親友は、びっくりした様子で俺を見たがそんなことどうだっていい。 すぐさまアンリの無事を確認する。大丈夫、まだ何もされていないようだ。強いて言うならパジャマのボタンが数個ほど外れていたぐらいだろうか。 風邪を引かないように丁寧にボタンを閉めているとアンリが身じろぎする。
「ん、お兄ちゃん……どうしたの?」 「お前がパジャマのボタンも閉めずに布団蹴って寝てっから、直しに来たんだよ」 「んー、ありがとう……」
そう言ってアンリは再び深い眠りに落ちた。どうやら寝ぼけていたらしい。それを知って少し安心する。 暑いだろうからとタオル一枚だけをかけてあげ、それから知らぬ間に立ち上がっていた親友を睨みつけた。
「……ディア」 「出ていけ、今すぐに」 「待てって、本当マジ謝るから……」 「謝ろうが何だろうが絶対許しはしない。いいから、出ていけ」
信じていたのに。そんな奴じゃないと、信じていたのに。 こいつは、あろうことかアンリに手を出しやがった。 許さない。 アンリは、俺が守らなくては。 誰にも、触れさせはしない。
「早く出ていけよ、殺されてぇのか!!」 「っ!」
そう警告してやっとレオが部屋から出て行った。 しばらくして玄関のドアが閉まる音する。どうやら本当に出て行ったらしい。 静寂の戻ってきた部屋に眠る妹は、殺伐とした一連の出来事なんてつゆ知らずと言ったようにぐっすりと眠っている。
「アンリ……」
そうっと、髪に触れる。柔らかな、金糸のような髪。
「必ず、俺が守ってやるからな」
何をしてでも、必ず。 父さんと母さんの分まで俺が、アンリを守り抜いてみせる。 アンリの寝息だけが聞こえる暗い部屋で、愛しい妹を撫でながら俺はそう誓った。
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