2月14日。
とうとうこの日がやってきてしまった。
一晩かけて作り上げたチョコレートはやはりというか歪だ。味は何度も確かめたため問題はない、と思っているが。
“琉華の料理は破壊兵器”と揶揄されるほどである私の料理の腕は、半年前に通い始めた料理教室の先生を困り果てさせるには十分であった。フライパンを爆発させることはなかったが、ミキサーを爆発させてしまったなんてまさか言えまい。
そんなこんなで私は2月14日という日のために必死に料理教室で腕を磨いたのだ。忙しい日々の合間を縫ってはレシピ本と向き合う毎日は半年以上続いた。
全てはこの日のため。彼に手作りチョコを渡すためだ。
「…大丈夫」
言い聞かせてから歪なチョコレートが収納された小箱の蓋を閉めてからリボンで丁寧に包装し、小さく息を吐いて小箱を片手に部屋を出た。
彼が帰ってくるまでの待ち時間、私は寮の廊下で壁に背を預けて待ちながら不安とドキドキが混じった複雑な気持ちを味わっていた。
彼は私とは違い、器用だ。料理も上手く、毎年祝い事の時や記念日の時はお世話になっている。丁寧に作り上げられた彼の料理が、私は大好きだった。
しかし彼女である私はそれとは正反対に不器用で、すぐに失敗をし、料理は壊滅的。全くもって釣り合わない。
今回のチョコで愛想を尽かされたらどうしよう。そんな、無駄に現実味を帯びた不安がドキドキを蝕んでいく。
「琉華か?」
「っ!?」
突然かけられた声に思わず小箱を落としそうになる。
声のした方を見れば、やはりというか彼がいた。雪が降っていたのだろう、肩にはうっすらと雪が積もっている。
「真斗」
「こんなところで何をしている? 身体を冷やしては大変だろう」
言って、真斗がこちらに歩み寄りそうっと私を抱き寄せた。彼の香りが鼻孔を擽り、私の頬は熱を持つばかり。
しかし、今日は2月14日。バレンタインデーだ。私はこの日のために一生懸命頑張ってきたのだ、真斗のためだけに。
心臓の鼓動は早くなるばかりで息苦しい位だが、負けるわけにはいかないと私はそっと彼の胸板を押し返す。
改めて真斗を見ると、真っ直ぐな眼差しがどうした?と問いかけてきていた。凛としたその眼差しを受け、ふらつきそうになるのを堪えながら小箱を見せた。
「……チョコ、作ったの」
「作った? 琉華が、か?」
真斗が驚くのも当たり前だろう。私が料理を作るなど、ましてや真斗に作るなどかつて一度もなかったのだから。
愛想を尽かされるかもしれない。再び過ぎる不安に逆らいながら、言葉を探し、紡ぐ。
「真斗よりずっと料理が下手で、だから味も酷いかもしれないけど……私、頑張って作ってみたの。これを食べて、美味しくなかったら嫌ってもいいから……」
「俺がお前を嫌うはずがないだろう」
彼のあまりにはっきりとしたその声に、私は思わず息を飲んだ。
「俺のパートナーはお前だけだ。たとえ料理が下手だろうと、このチョコが不味かろうと、俺が琉華を嫌うはずがない。琉華のそんなところも含めた全てが、好きなのだからな」
「真斗…っ」
「このチョコレート、今食べてみてもいいだろうか?」
優しく微笑んだ彼に駄目と言えるはずもなく、私はコクリと頷く。
それを見た真斗は一度私を離してから私の手にあった小箱を受け取った。器用にリボンを解き、細い指がゆっくりと箱を開ければ、現れたのは残念極まりないチョコレート。
しかし真斗はそれをからかうことも笑うこともせず、ただ愛おしげに見つめてから一粒口に運んだ。
「……ん、美味だな。程良い甘さだ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。琉華も食べるか?」
「あ、うん…っ」
反射的に頷いた、刹那。
再び身体を抱き寄せられ触れ合う唇。普段の彼からは考えられないほどに積極的な口づけ。
程良い甘さが何倍にもなり私の脳髄をとろけさせる。
口づけにより私の口に移された歪なチョコは、味見のときより何倍も幸せな味がした。
ドリーム・ドリーム(彼に手料理を食べさせるのが、夢だったの)
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