Silent Quartet | ナノ


ノットアンリアル



 死んでしまうかもしれないと、思ってしまった。
 ストレッチャーに乗せられて病院の奥に運ばれていく小さな体を見つめながら、琉華はぐっと拳を握る。
 何故こんな事になったのか、全く分からなかった。
 彼は何も関係なかったはずなのに、何故。


「どうして、あんな事したの…?」


 怒りと不安を抑え込みながら静かに訊く。声が震えているのが分かったが、こればかりはどうしようもできなかった。この状況で完璧な冷静を実現出来るほど、自分は大人ではない。
 そんな琉華の質問に、壁に背を預けていた青年はため息混じりに答えた。


「あのガキが悪い」

「颯斗が悪いって、そう言いたいの?」


 先程運ばれていった弟の姿が一瞬脳裏を過ぎり、再び怒りがこみ上げるが何とか抑え込む。


「あのガキが言ってきたんだ。『お前のせいで姉ちゃんが夢を諦めなきゃならなくなった。心から笑えなくなった。だから、これ以上姉ちゃんに付きまとうな。別れてくれ』ってな。ったく、ふざけたこと言いやがって…」

「……それだけの理由で、こんな事したの?」

「ああ」


 さも当然と言うかのように返事をした青年に、琉華は言葉を失った。
 青年は――琉華の彼氏である宮峰梓という人物は、ただ別れろと言われただけでまだ小6の少年を殴り、蹴り、川に何度も顔を沈め、首を絞めたのだ。
 結果小6の少年、琉華の弟である澪崎颯斗は意識を失い病院に運ばれることとなった。元々心臓が弱いことも相まって、非常に危険な状態にあると救急車の中で言われた時に思った。
 死んでしまうかもしれない、と。


「……このままもし颯斗が死んじゃったらどうするの?」

「いいんじゃねえか? 死ねば」


 刹那、琉華の頭の中で火花が散った。
 と、同時にパシンッと一際大きな音が静かな病院内に響き渡る。


「最低っ!! あんた、自分が何を言ったか分かってるの!?」


 左の頬を赤く染め、呆然とする彼に琉華は遂に限界を超えた怒りの丈をぶつける。
 大切な家族が死ぬ。その喪失感を琉華はすでに知っている。
 琉華の母は不慮の事故でその命を落とした。当時琉華は12歳、颯斗はまだ9歳だった。
 悲しくて、ただどうしようもなく悲しくて、毎日お母さんと言いながら泣いた。そんな琉華の手を握りながら「俺がいるよ」と言い続けてくれた颯斗もまた、泣いていた。
 家族が欠ける。
 大切な人がいなくなる。
 それは心の一部をごっそりと抉られるような痛みと喪失感を伴う。果てしない悲しみが伴う。どうしようもない、言葉に出来ない気持ちが伴う。
 それを、宮峰梓は知らない。
 知らないから言えるのだ。


「人の弟傷つけておいて、反省もしないで、挙げ句の果てには死ねばって?! ふざけるのも大概にして!」

「ふざけてるのはどっちだよ! お前の弟は俺にお前と別れろって言ってきたんだぞ! そんな馬鹿げたこと言う奴生かしておく価値なんてねえだろうが!」

「颯斗は何もおかしいこと言ってないじゃない! だいたい、私言ったよね? もう家族に手を出さないでって、傷つけないでって言ったよね?! どうしてまた――」


 言い終える前に、梓が動いた。琉華の胸倉を掴み、ギロリと睨みつける。
 その目には怒りと狂気しかなく、琉華は思わず息を呑んだ。


「そんなの、決まってんだろ。あいつが俺の邪魔をするからだ」

「邪魔……?」

「俺から琉華を奪う気でいたんだろうがそうはいかねぇ。琉華は俺の彼女だ、俺のものだ! 誰にも渡しやしないし、誰にも俺達の邪魔はさせねぇ。邪魔するなら1人残らず潰してやる…!」


 梓が言い終えたまさにその瞬間、琉華の心の中にストンと何か冷たい物が落ちた。


(あぁ、そっか)


 今なのだ。
 この男に家族を傷つけるなと言っても、この先いくら言葉を尽くしても、もう二度と届きはしないのだ。きっと、いや必ず同じことを繰り返す。
 だから今、行動しなくてはならない。それによって自分が殴られ、蹴られ、走馬灯を見るような結末になったとしても行動しなくては何も変わらない。誰も救えない。
 言うしかない。
 琉華は覚悟してから目の前の梓を静かに見据え、口を開いた。


「……梓、離して」

「あぁ?」

「離して」


 出たその声は、自分で思っていた以上に冷たいものだった。
 梓も予想していなかったのだろう。少し驚きながら胸倉を掴んでいたその手を離し、引っ込めた。
 再び訪れた静寂の中、乱れた制服の襟を正してから小さく息を吐いて再び彼を見据える。


「……梓、もう終わりにしようか」

「終わり……?」

「うん」


 怪訝そうに見つめてくる梓に、琉華は感情の一切を排除した表情と瞳で言い放つ。


「別れよう、私達」





 ――こうして、人生初の恋愛は彼女の手によって終止符を打たれることとなる。
 澪崎琉華、15歳。例年より少し冷えた夏の日のことだった。







 To be continued...


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