愛すべき何でもない日々
*** みんなで久し振りに集まろう。そう提案したのは翔だったか、いや、音也だったか。後があまりに盛り上がってしまってそのあたりは定かではない。
夜空の下でそんなことを考える青年――神宮寺レンの耳に突如として不満げな声が届いた。
「――ん、あれ? 繋がんねー」
「どうしたんだい、おチビちゃん?」
声の主は、最近買い換えたらしい最新型の携帯を耳に当てながら顔を顰めている発案者候補の来栖翔だ。
うーんと首を捻らす彼を、一体何事かとレンは訝しげに見下ろす。
「いや、琉華に今から行くって言おうと思って電話したら、出かけてんのか手が放せないのか分かんねーけど……繋がんねーんだ」
「その程度の連絡ならメールにすればいいんじゃないか?」
「なっ、そ、そうだけどさ、俺だって色々あんだよ!」
ぷいっと目をそらして携帯とにらめっこをする翔を見て、レンはクスッと笑みを零す。
世話焼きな翔のことだ、恐らく声を聞いて元気かどうか確認しようとしたのだろう。そういうところは学園時代から何も変わっていない。
「まぁ、どうせすぐに会うんだ、元気かどうかはその時に確認すればいいさ」
「ばっ、そ、そんなことしようとなんて思ってねーよ! 琉華は元気に決まってんだから、別に心配なんて…」
「それはどうかな? 子猫ちゃんは不幸にも、とんでもない狼に好かれているからね。もしかしたらもう食べられて――」
「だぁあああっ! それ以上は言うなぁっ!」
頬をまるでリンゴのように真っ赤に染める翔を見て、レンは再び笑みを零す。本当に学園時代から何も変わっていない。
かなり遠回しに言っても分かるあたり彼も大人ではあるが、思考は非常にピュアなせいでなかなか精神的余裕が生まれないらしい。それがまた面白くてついからかってしまうのだが。
しかし、自分の発言が全くの冗談と言えないのが普段のからかいと少し違う部分である。
彼女を至極気に入ったらしいその狼は我慢すればするほど反動が大きいタイプなのだ。聞くところによるとここ2週間会えていなかったらしい。非常にまずい状態なのは間違いないだろう。
欲求不満がピークを迎える瞬間を、レンは一度目の当たりにしているが故にすぐに察しがついた。恐らく琉華が電話に出られなかった理由も、そこにある。
加えて今日は1日オフだと言う話だから、冗談には不必要な信憑性も出てきてしまう。
「まぁ、オレ達が着くまでイッチーが耐えられたならまた話は別なんだけどねぇ…」
溜め息混じりに言って、レンはごく自然な動きで目線を前に戻した。
しかし次の瞬間、ピタリとレンの足が止まる。
視界に捉えた人影は事務所寮の前でぼーっと立っていた。街灯に照らされて浮かび上がる姿は同年代の青年のそれだ。
スッと鼻筋の通った横顔とハーフアップにした金髪が特徴的なその青年を、レンは知っていた。
「……本当に、笑えない冗談だね…」
ひきつりながらも笑みを浮かべてしまうあたり、自分にはまだ若干の余裕があるのだなと微かに安心する。
が、胸に溢れる嫌悪感ばかりはどうしようも出来なくて、レンは青年をじっと睨みつけた。
「な、なぁレン、お前あいつのこと知ってんのか?」
「まぁ、ね。出来れば一生思い出したくなかったし、会うなんてもってのほかだったんだけど。まったく本当に、神様は残酷だ」
戸惑う翔を見ることもせずレンは相づちを打つ。鋭い視線は先程から変わらずその青年に向けられている。
だからだろうか。視線に気付いたらしい青年がふとこちらを見た。その目に宿る眼光の鋭さに、思わず一瞬怯む。
――この目は、普通じゃない。そう感じた。
何が異常か、それはレンにもわからない。しかし、どこか狂気じみたものを直感的に感じた。危ないと、目が合った瞬間本能が叫んだのだ。
謎の青年がレンを見たのはその一瞬だけだった。彼はすぐにレンと翔に背を向け、まるで何事も無かったかのように夜の闇に消えていく。
そんな彼の背をレンは最後の最後まで、全く見えなくなるまでずっと睨み続けていた。
(一体何をする気なんだ、宮峰……)
To be continued...
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