「ねぇ、散歩……いかない?」
あまりにいきなりすぎないか?
俺の疑問と戸惑いをよそにライナは足早に玄関へと向かった。靴箱からお気に入りのブーツを引っ張り出している姿がここからでもよく見える。
ライナは突拍子もなく何かを思いつく節がある。それを承知で彼氏をしているわけだが、やっぱり慣れない。
仕方なしに近くにあった黒の上着を着てからライナの大好きな赤のコートを手に取り、玄関に向かう。
「……忘れ物」
「あ、ごめんごめん」
「季節くらい考えて動け…」
「分かってるよ」
分かってないだろ。
思っても口にしない俺は甘いのか、うん、甘いんだな。
ライナの後をついて外に出る。晴れとはいえ今は冬。出た瞬間に体がぶるっと震えた。
戸締まりをした彼女は寒さなんて何のその、まるで子供のように軽快な足取りで俺の前を歩く。踊っているようだとどこか心の片隅で思いながら、後ろを至って普通に歩いた。
「寒いね」
「コートも着ずに出ようとしたくせに、よく言う」
「ついつい忘れちゃって」
「ついつい、が多いのもまた問題だな」
「うわ、クラウド酷い! いつからそんな毒舌になったの?」
ため息混じりに言った言葉にライナがむくれる。すまない、ちょっとその顔が見たかっただけだ。本当に呆れていたのも確かだが。
まだ来て少ししか経っていない小さな町は、改めて歩くと多くの発見があった。二つ目の曲がり角にあるあの家にはもの凄く獰猛な犬がいる、とか。公園の目の前にある駄菓子屋のお婆さんはおまけをつけたがる、とか。
にこにこしながら町を歩くライナを見ていると、こちらまで感化される。緩み始めた口元を隠したいのに、無表情を保ちたいのに、度々振り向くライナの無邪気な笑顔がそれを許さない。
「……ライナ」
「ん?」
だいぶ歩いて、少しずつ家に近づいているのを感じ始めた頃、気になっていたことを口に出した。
「何で散歩なんか?」
「……クラウド、最近元気なかったから何かしてあげたくて」
「……」
「でも、何にも思い付かなくて……。で、とりあえず気分転換しないととか思って、」
「それで、散歩か?」
「うん」
いつも、突拍子もなくいきなり思い付き、やってみようと言う彼女。
そんな彼女がずっとずっと悩んで、何にも思い付かない頭を必死に回転させて、考えてくれた。誰でもなく、俺の為に。
家まで後少し。行きには感じなかった温かな気持ちが込み上げてくる。
「……ありがとう」
「えっ?」
俺が柄にもないことを言ったからか、ライナはびっくりしてこちらを見る。
俺は視線が絡み合う前に、ライナの華奢な体を引き寄せた。
ありがとう。ありがとう。
その気持ちが伝わるように、強く抱きしめた。
晴れた日には行く当てもなく散歩をしてみる
(彼女の精一杯が、愛おしい)
thanks*誰そ彼様