ff7ac | ナノ




 式場の片付けを手伝わされた後、すっかり人気の無くなった玄関を抜ける。卒業生が屯(たむろ)していたであろう玄関はその余韻すら残さず、ただただまだ冷たい風が吹くだけ。

 今年の卒業式で、私の憧れの先輩が卒業した。
 誰もが彼に惚れた。
 でも、誰も告白したり、バレンタインにチョコを渡したりしなかった。
 いや、出来なかった。
 先輩…元3年A組のクラウド先輩には幼なじみがいた。同じクラスにいたティファという美人さんだ。
 ティファ先輩とクラウド先輩は幼なじみだからか、一緒に登校しているのをよく見かけた。私もその目撃者の1人。
 そんな2人は私達が入学する前から付き合っているんじゃないか、とまことしやかに呟かれていたらしい。
 だから、私達もその他の人も、よっぽどの過激派でない限り2人の邪魔になってしまうようなことはしなかった。
 ――でも。
 いなくなってしまうと思うと、急に後悔が出てきた。
 近くにはいた。彼がいたバスケットボール部のマネージャーをしていたわけだし。
 でも、マネージャーは1人じゃなかった。ティファ先輩もマネージャーをしていて、結局は何も変わらない。ただただ、見つめ、憧れていた。


「……言っとけばよかった」


 その後悔すらも、風が浚っていく。
 とぼとぼと地面を見つめながらため息をこぼして、一歩また一歩と校舎から離れていく。明日から、彼がいない学校生活を送らなければならない。それが辛くて仕方なかった。
 でも、彼にはティファ先輩がいるから。私なんかが敵う訳がない、あの人がいるから。
 思う度涙が零れそうになる。もう、全てがモノクロに見えた。絶望とは、これか。


「……ライナ」


 ――ぐいっ。

 急に聞こえた声。そして、加わる力。とても強く、左腕を掴まれている。
 友達が待っていた。そう考えられたらどれだけ幸せか。


「どうして…ですか…」


 誰?なんて、聞く必要はない。


「どうして今更私を…っ!!」


 振り返りざまに掴んでいるその手を振り解く。でも、腕を掴んでいた人物……クラウド先輩は驚く顔ひとつしない。


「先輩は…クラウド先輩はいつもティファ先輩と一緒で…! 私なんかまともに話したことも無いじゃないですか! 今更…今更なんだって私を引き止めたりするんですか…」

 堰を切ったように涙が頬を伝っては、落ちる。
 はらはらと、ただただ流れては、落ちる。
 思えば思うほど、悲しくなって。
 言えば言うほど、辛くなって。
 先輩とまともに話したこともない、そんな事実を直視させられた。
 今話せているのが奇跡なのに、どうして私はこんな怒ってばかりいるのだろう。
 クラウド先輩は何ひとつ悪くないのに。

 こんなの、ただの嫉妬だ。


「…あんたと話せなかったのは」

 ぽつりと、クラウド先輩が言葉を紡いだ。


「話したら、きっと俺は自分の気持ちに負けると思ったからだ」


 自分の気持ちに…負ける?


「あの時はひとつひとつが最後で、一生懸命だった。後輩に興味があったわけじゃないが、一応試合には勝たせたかった……しな」
「あ……」
「それに、あんたに俺たちが勝つ姿を見せたかった」


 私に?
 まともに話したこともない、私に?


「結果は、ダメだったがな」


 そうだ。クラウド先輩は最後の試合の前に怪我をして出られなかった。
 チームのエースだった先輩が抜けたチームは戦力がた落ちで、試合でも負けてしまった。
 自嘲気味に言う先輩を見て、なんだかさっきまでの自分がバカらしく思えてくる。


「あんたに勝つ姿を見せたかったからって、ちょっと無理し過ぎた」
「え、それじゃああの怪我は…」


 うん、と先輩は頷く。
 あの怪我…私に勝つ姿を見せたいと思うばかりに無理をした、その結果だった。
 さっきまでの自分…呪いたくなってきた。


「……ライナ」
「は、はい」
「…………好き、だ」


 喋るのが得意じゃない貴方が、ぽつりと発した言葉。
 あまり喜怒哀楽を出さない貴方が、浮かべた微笑み。


「俺と、付き合ってくれないか?」


 ああ、世界に色が蘇る。
 答えはもちろん。


「はいっ!」








Thanks!!:tiny様