式場の片付けを手伝わされた後、すっかり人気の無くなった玄関を抜ける。卒業生が屯(たむろ)していたであろう玄関はその余韻すら残さず、ただただまだ冷たい風が吹くだけ。
今年の卒業式で、私の憧れの先輩が卒業した。
誰もが彼に惚れた。
でも、誰も告白したり、バレンタインにチョコを渡したりしなかった。
いや、出来なかった。
先輩…元3年A組のクラウド先輩には幼なじみがいた。同じクラスにいたティファという美人さんだ。
ティファ先輩とクラウド先輩は幼なじみだからか、一緒に登校しているのをよく見かけた。私もその目撃者の1人。
そんな2人は私達が入学する前から付き合っているんじゃないか、とまことしやかに呟かれていたらしい。
だから、私達もその他の人も、よっぽどの過激派でない限り2人の邪魔になってしまうようなことはしなかった。
――でも。
いなくなってしまうと思うと、急に後悔が出てきた。
近くにはいた。彼がいたバスケットボール部のマネージャーをしていたわけだし。
でも、マネージャーは1人じゃなかった。ティファ先輩もマネージャーをしていて、結局は何も変わらない。ただただ、見つめ、憧れていた。
「……言っとけばよかった」
その後悔すらも、風が浚っていく。
とぼとぼと地面を見つめながらため息をこぼして、一歩また一歩と校舎から離れていく。明日から、彼がいない学校生活を送らなければならない。それが辛くて仕方なかった。
でも、彼にはティファ先輩がいるから。私なんかが敵う訳がない、あの人がいるから。
思う度涙が零れそうになる。もう、全てがモノクロに見えた。絶望とは、これか。
「……ライナ」
――ぐいっ。
急に聞こえた声。そして、加わる力。とても強く、左腕を掴まれている。
友達が待っていた。そう考えられたらどれだけ幸せか。
「どうして…ですか…」
誰?なんて、聞く必要はない。
「どうして今更私を…っ!!」
振り返りざまに掴んでいるその手を振り解く。でも、腕を掴んでいた人物……クラウド先輩は驚く顔ひとつしない。
「先輩は…クラウド先輩はいつもティファ先輩と一緒で…! 私なんかまともに話したことも無いじゃないですか! 今更…今更なんだって私を引き止めたりするんですか…」
堰を切ったように涙が頬を伝っては、落ちる。
はらはらと、ただただ流れては、落ちる。
思えば思うほど、悲しくなって。
言えば言うほど、辛くなって。
先輩とまともに話したこともない、そんな事実を直視させられた。
今話せているのが奇跡なのに、どうして私はこんな怒ってばかりいるのだろう。
クラウド先輩は何ひとつ悪くないのに。
こんなの、ただの嫉妬だ。
「…あんたと話せなかったのは」
ぽつりと、クラウド先輩が言葉を紡いだ。
「話したら、きっと俺は自分の気持ちに負けると思ったからだ」
自分の気持ちに…負ける?
「あの時はひとつひとつが最後で、一生懸命だった。後輩に興味があったわけじゃないが、一応試合には勝たせたかった……しな」
「あ……」
「それに、あんたに俺たちが勝つ姿を見せたかった」
私に?
まともに話したこともない、私に?
「結果は、ダメだったがな」
そうだ。クラウド先輩は最後の試合の前に怪我をして出られなかった。
チームのエースだった先輩が抜けたチームは戦力がた落ちで、試合でも負けてしまった。
自嘲気味に言う先輩を見て、なんだかさっきまでの自分がバカらしく思えてくる。
「あんたに勝つ姿を見せたかったからって、ちょっと無理し過ぎた」
「え、それじゃああの怪我は…」
うん、と先輩は頷く。
あの怪我…私に勝つ姿を見せたいと思うばかりに無理をした、その結果だった。
さっきまでの自分…呪いたくなってきた。
「……ライナ」
「は、はい」
「…………好き、だ」
喋るのが得意じゃない貴方が、ぽつりと発した言葉。
あまり喜怒哀楽を出さない貴方が、浮かべた微笑み。
「俺と、付き合ってくれないか?」
ああ、世界に色が蘇る。
答えはもちろん。
「はいっ!」
ほっぺ、桜色のひみつ
Thanks!!:tiny様