彼はいつも仕事が忙しい。配達先が遠くなら、泊まりなんかもする。
会いたい、なんて我が儘は言えない。言ってはいけない。それによって彼の仕事に支障を来すことは明らかだ。
彼は、優しいから。
電話も必ず出てくれる。1人が寂しくて来てほしいと言えば、文句も言わずに来てくれて落ち着くまで傍にいてくれる。
だからこそ、その優しさに甘えてはいけない。彼の仕事を、邪魔してはいけない。
そうやって、我慢していた。
「……はぁ」
夜中の1時。友人の愚痴を延々と聞かされ、ついさっきようやく携帯を机に置くことができた。
友人の愚痴……彼氏についてだった。
その彼も仕事が忙しいらしい。遠方に行くことも多く、行きつけの宿もあるくらいだそうだ。
『その宿に優しい女の子、いるらしくてさ。移り気したらしくって……別れ話切り出されちゃった』
聞いたとき、ドキッとした。
私の彼氏――クラウドにも、同居人がいる。ティファという、美人で素敵な女性だ。
彼は家族だと言っているが、あちらはどうなのか。気があるのではないか。幼なじみなのだから、あり得ない訳じゃない。
信じたい。でも……。
あまり会えない人と、毎日会える人。あまりに分が悪い。
途中からそればかり考えてしまい、愚痴なんて右から入っても左に流れていた。
不安になってきた。
“もし”を考えると、怖い。
今すぐに、会いたい。
机に置いた携帯を掴み、いつもは躊躇っていた電話番号を表示する。
ボタンを押そうとして、でも、指が震えた。
――と、携帯が鳴る。
びっくりして取り落としそうになった携帯の画面を見れば、彼の名前と番号。
急いでボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし」
『……もしもし、ライナか?』
電話の向こうから聞こえてくる彼の声は、心なしか弱々しい。
「うん、そうだよ。どうしたの? クラウドから電話してくるなんて、珍しいよね」
『……不安に、なったんだ』
「えっ?」
『彼女が放っておかれて移り気したって話を配達先で偶然聞いて……不安になった』
何てことだとびっくりした。まさかクラウドもそんな話を聞いていたとは。
2人で同じような話を聞いて、同じように不安になっていたのか。
「私も、友達から聞いたの。彼氏が仕事先で、移り気したって……。だからっ……!!」
『……大丈夫だ。俺は絶対に移り気なんかしない。あんたを手放すなんて……あり得ない』
そう言いきるクラウドの声からはどこかいつもは見えない自信が感じられた。
良かった、と胸をなで下ろす。そして一瞬でもクラウドを疑った自分を呪いたい。
『……なぁ、ライナ』
「ん?」
『今すぐ……会いに行っても、いいか?』
「うん…っ。私も、会いたい……クラウドにすごく会いたい…!」
それから電話は切れ、私はずっと窓の外を眺めていた。月が皓皓と輝く夜は静かで、穏やかだ。
大丈夫、か……。
思い出す度に、顔が綻ぶ。嬉しくて、嬉しくて、そして安心する。
しばらくして、窓の向こうから久方ぶりに聞くバイクのエンジン音が聞こえ、私は家を飛び出した。
移り気
(これからは、もっと一緒の時間を作るようにする)
(ありがとう!)