カーテンも閉まっていて、薄暗い部屋は紛れもなく彼の部屋。あまり来たことはないけれど、一回ザックスと来たことがある。整頓された、男子にしては綺麗な部屋だった。
しかし今やここは、私の監獄と化している。
夏服のせいで露出が増え、一撃一撃が身体の芯をギシギシと軋ませた。身体を丸めて耐えながら過ごした数分前を思い出す度に腕や脚や脇腹や頭までもズキズキ痛んだ。
今彼はいない。買い出しに行った。今しかチャンスはない。
部屋を見渡すと、暗がりにポツンとトンカチが置いてあった。これなら壊せるかもしれない。
動く度ジャラ…と音を立てる鎖に鬱陶しさを感じながら必死でトンカチに向かう。しかし、繋がれていては移動範囲に限界がある。
後もうちょっとなのに…。
動かせば痛みを伴う腕を限界まで伸ばした。指に少し触れる。あと、少し……!!
「…っ!!」
肩に激痛が走った。確か、投げられたときにぶつけたんだっけ。
しかし、今やめるわけにはいかない。彼のいないこの瞬間しか、逃げるチャンスはないのだ。
全力で伸ばして、何とかトンカチを掴むことに成功した。すぐに元の場所に戻って、鎖を床に繋げているつなぎ目を壊しにかかる。角度を考えて叩けばうまく外れるかもしれない。
希望を胸に思いっきり振り上げた。
「…そこまでだ、ライナ」
手にしていたトンカチが力無く床に落ちた。
トンカチを持つ右手の手首を掴んだのはあの冷たい手。
背後からした声はあの低く妖艶だが嗜虐的な声。
――嘘ではない、あいつだ。
息が詰まる。身体が震える。振り向けば戦慄の現実がそこにはある。
「そんな震えるな。もっと痛めつけたくなる…」
瞬間、視界に床が飛び込んでくる。即座に振り向けば、彼が覆い被さって私の左手を掴んだ。
目の前にある顔は世の女で振り向かぬ者はいない美形なのに、ギラギラと光る碧眼が卑しさを表現するせいで台無しだ。
「どう、して…?」
買い出しに行ったのではなかったのか。
そう聞けば彼―――クラウドは私から目を離し、別の方に向ける。
「あんたが足掻く姿を、あれでずっと見てた」
クラウドが目を向ける方を見れば、そこには植木鉢がひとつ。なんの変哲もないように見えたのも束の間、窓から一瞬差し込んだ車の光で一部がちかっと光った。
カメラが、埋め込まれていた。
「別の部屋でゆっくり見させてもらった。なかなか、頑張るな」
「じゃあ買い出しは、嘘…?」
「当たり前だろ」
にたぁっと、卑しさのこびり付いた笑みを浮かべるクラウド。彼の笑顔を見た回数は少ないが、記憶に残る笑顔は皆、綺麗だった。
「…最低。ザックスとは大違い」
私の彼氏はもっと、優しい。
もっと、温かい眼差しを向けてくれる。
握る手も、あの笑顔も、温かい。
「…ザックスと比べるなと、そう言ったはずだ」
「比べるなと言ったから、比べたの。あなたに嫌われようが私には関係がない」
「どうやら、躾が足りないようだな」
あのおぞましい笑みすらも、消えた。暗がりにぼんやり見える碧眼がギラリと光った、そんな気がした。
左手を掴んでいた彼の手は、迷うことなく私の首に当てられる。そして、平然と手に力を込めた。
締まる首、意識は飛びかけて。
「…ぅっ…ぁあっ……」
抵抗のつもりでクラウドの腕を掴み、必死に自らの首から引き剥がそうとするも出来ず。息だけが、苦しくなっていく。
そんな私を、恍惚に浸りきった笑みを浮かべながら彼は見ていた。
「…最高だな。もっと、喘いでみせろ」
絞める力が強まる。
私、こいつに殺されて死ぬの?
彼氏にも会いに行けないまま、私は…。
「…死に、た…く…っ…な、い…っ!!」
「大丈夫だ、殺しはしない」
殺したらあんたを虐められないだろ?
その言葉に確かに私は、涙を流した。
――――――――………
―――――………
――――そうだ、あんたにいいことを教えてやる。
あのトンカチは、実は最初から用意してたんだ。
何故かって?
それはあんたの足掻くところを見たかったからだ。
まだ話は序の口。作戦はまだ第一段階。
さあ、俺にもっとその顔を、
苦しむ顔を見せてくれ
(殺さず痛めつけることこそ俺の美学)