卒業式も終え、一人歩き慣れた通学路を歩く。途中、何度もポケットから手鏡を出して目元を確認する。
案の定、赤くなってる。
きっとこれは腫れちゃうな…。
次の日の悲惨な自分の顔を想像しながら、私はため息を一つ落とす。
明日の悲劇が目に見えたから、それだけが理由じゃない。
近道をしようと通った、校舎横の自転車置き場。
クラスメートの女子に告白されている、私の片想いの男子。
分かっていた。分かっていたんだ。
彼は校内一と言っても過言じゃないくらいの人気があって、まるでアイドルだった。最も、彼自身は不本意だったみたいだけど。
そんな人に惚れる人が山ほどいるだろうということも、その中の誰かが告白するだろうことも、全部全部分かっていたはずなのに。
――――いざ見ればこうやって、泣いて逃げる。
「覚悟、してたのにな…」
弱い自分が目に見えて改めて腹が立つ。許せなくなる。
私は何十回目になるか分からないため息をついて、思いっきり空を仰いだ。
もう諦めよう。どうせ進路も違う。会うことなんて、もう無いんだから。
割り切って、割り切って、零れ落ちそうな涙をぐっと堪える。
――でも、やっぱり無理だ。
諦めるなんて、出来ない。
碧い空を仰げば、同じ色の彼の瞳を思い出し、
金色の月を見れば、同じ色の彼の髪を思い出す。
いつだって、どこだって、頭の中は彼でいっぱいだった。
「やっぱり、駄目だよなぁ…私」
「何が駄目だって?」
「?!」
背後から突如としてした声に、胸が高鳴った。
聞き間違えるわけがない、今一番聞きたかった声。
振り返れば今まさに私の頭を支配していた彼が怪訝そうな顔をして立っていた。
「く、クラウド…。何か、用?」
「…別に。道の真ん中で空見て、弱音吐いてるあんたを見かけたから、声をかけただけだ」
「そ、そう…」
きっと通りすがっただけなのかも。
「じ、じゃあ、私帰るね」
また、逃げるのか。
伝えたい気持ちも、伝えないで。
「待て」
「?」
呼び止められて振り返れば、クラウドは若干いつもの無表情を歪めていた。
決まりが悪そうに私を見て、そして口を開く。
「ライナ、自転車置き場に来たよな?」
「えっ?」
…バレてた、の?
「その話なんだが…」
止めて。その先は聞きたくない。
「あいつの告白、断った…んだ」
「? どうして?」
「…好きな人、いるからな」
「それをどうして私に?」
クラウドの好きな人なんて、私には関係ないじゃん。
それに聞いたって、私気分悪くなるだけだよ…。
「…好きな人の誤解を解くため」
「…?」
私が首を傾げれば、クラウドは大きなため息をつく。
「俺はあんたが好きで、でもその当の本人が告白現場目撃していたら、全力で誤解解くだろ?」
…今、さらりと凄いこと言ってたよね。
私が…好き?
「私が、好き?え、私?」
「あまり言わせるな」
「え、えっ、あ、あぁ…」
「…俺があんたに惚れたこと、不満か?」
そう言うクラウドの顔は別に悲しげでも不安げでも何でもない。
全てお見通し、そんな顔だ。
「不満じゃない」
だって…
「私もクラウド、好きだから…」
言うとクラウドは「なら、良かった」と言って私の横に並ぶ。
やっと、伝えられた。
「卒業したらさよならかと諦めてたよ」
「確かに進路は違うからな」
でも…とクラウドは続ける。
「一緒になったんだ。もうさよならとは、言わせない」
「誰が言うものですか」
言って、私は今日初めての笑みを浮かべた。
さよならとは、言わせない
(…この言葉、絶対忘れないんだから)