ff7ac | ナノ




 閉店後のセブンスヘブンの掃除を済ませ、ライナは急いで上着を羽織る。
 その慌ただしさを感知したティファが奥から顔を出した。


「あれ?もう帰るの?」
「ううん。ちょっと外出てくるだけ」
「そう。寒いから早めに用事済ませてね」
「ありがとう、ティファ」


 会話を終え、ライナは外に出ようとドアノブに手をかけた。
 と。


「ライナ!」
「ん?どうしたの?」


 ティファがいきなり呼び止める。かと思えばちょっと悪戯な笑みを浮かべて、


「彼氏が帰ってくるまでには戻ってきてね」


 なんて付け足してきた。


「は〜い」


 それに返事をしてライナは外に出る。
 やはり、冬の夜は寒かった。上着は来ているものの、ちょっと薄かったかもと後悔。
 しかしそんな後悔は次の瞬間には忘却の彼方に飛んでいっていた。
 夜空に散りばめられた星屑達が、宝石とはまた違った輝きを放つ。街の光に負けじと一生懸命に光るその姿にライナはあっという間に魅了された。
 元々星とか大好きな彼女はよく店の帰りに星空を見ながら帰っていた。
 しかし今日は特に空気が澄んで星も綺麗だとニュースでやっていたためにいてもたってもいられず外に出てきてしまった。


「やっぱ、癒されるな〜」


 彼女の頭に最早『寒い』とか『見上げすぎて首が痛い』なんていう考えは無い。
 ただ無我夢中で星空を仰ぐ。その星達の美しさに酔いしれる。
 だから、先程ティファに言われたことも既に頭の端の端に追いやられていた。
―――ぐらり。
 急に背後に重さと温もりを感じ、ライナは思わず星空から目を離す。
 視界の端にはあの金色がちらつき、すっかり冷えてしまった耳にはふわりと誰かさんの吐息がかかる。
 まあ、誰かさんが誰なのかなんてとっくに分かっているんだけど。


「ただいま、ライナ」


 やっぱり。


「おかえり、クラウド」


 後ろからいきなり抱きついてきたのはやはりというか、クラウドだった。
 しかし行動と声色は反比例していた。抱きついて甘えているくせに声色はかなり不機嫌。
 何か気に障るようなことしたかな?
 気になって訊いてみた。
 すると…


「今日はお出迎えしてくれなかった」


 なんてとんでもなく子供じみた言い訳をしてきた。


「だって今日は星が綺麗に見える日だから…」
「俺より星の方が優先順位は上なのか」
「えーっと、今日だけだよ!」


 嘘は言っていない。明日からは普通にちゃんと店で待っていてあげようと考えていた。
 が、彼の不機嫌は治らない。


「大体、恋人同士なら送り迎えとかするもんじゃないのか?」
「そんな情報、どっから仕入れてきたの…?」
「テレビでやってたんだ」


 どうやらクラウドは恋人同士にもかかわらず店に行くときや家に帰るときに同伴出来ないことにこの上ない不満があるようだ。
 確かにライナは行きはさっさと1人で行くし、帰りは星を見ながら帰りたいんだと言って、やはり1人で帰る。
 恋人らしくないと言ったら、その通りかもしれない。
 そう考えると自分はクラウドにとても申し訳ないことをしていたんだな、と思う。
 ただでさえ忙しい彼との時間を作ってあげなかった。そんな彼が作ろうとした時間を自分は趣味ごときで拒否してしまった。
 彼が大好きなのは変わらない筈なのに、やっと恋人同士になった筈なのに、自分はどうしても前と同じようにしか暮らせない。


「ライナ?」
「な、何?」


 考え込んでいるとクラウドが心配そうに声をかけてきた。
 返事をして顔だけ彼に向けようとすると、彼は静かにライナを離す。
 クラウドが抱きついていたときに感じていた温もりが、夜風にさらわれていく。
 なんとなく、寂しくなった。
 改めて向き直ってみるとクラウドはいつも以上に暗い顔をして、目を伏せて、俯いていた。長い睫毛で綺麗な碧眼が隠れる。


「ライナ…」
「ん?」
「…ごめん」
「…え?」


 クラウドは俯いたまま謝ってきた。
 そして、続ける。


「ライナを困らせるつもりはなかったんだ。ただ俺は…分からなかったんだ。恋人同士って、何したらいいのか。
 …色んなことを見聞きしても分からないんだ。だから、とりあえずライナといる時間を増やしたかった…」


 ああ、自分はクラウドにこんなにも考えさせていたのか。
 ライナはまるで叱られた後の子供が謝りに来たときみたいにびくびくしながら言葉を連ねるクラウドを見て、ただただ罪悪感を感じた。


「クラウド…ごめんね…。私、酷いことしてた。恋人って何なのか私も分からなかった…。だから、どうしていいかも分からなかった」


 涙が込み上げて、頬を伝っていく。


「大好きなのに……一緒になったらどうしていいかもわからくなっちゃった…。大好きなのに…!」


 涙が止まらない。
 と、クラウドがそうっと目尻に溜まって今にもこぼれそうだった涙を拭ってくれた。
 顔を上げてみるとクラウドは先程とは違い、どこか安堵した表情を浮かべていた。


「良かった…」
「え…?」
「大好きだって思っているのが、俺だけじゃなくて」


 彼はきっとそれを確かめることすら恐れていたのだろう。
 でもそれはライナも同じ。


「今までごめんね、クラウド」
「気にするな、と言いたいところだが…」


 俺のお願い事聞いてくれたら、許してやる。

 微かに笑って言ってきたクラウドに戸惑いを隠せなかったが、とりあえず「いいよ」と返す。
 刹那。


「――っ!!!」


 いきなり後頭部に手を回されて引き寄せられたかと思えば、冷えた唇に柔らかな感触と温もり。
 びっくりしているとクラウドは照れくさそうに距離をとり、目を背けてしまった。その頬は見るからに赤く染まっている。
 それが面白くて笑えばクラウドが「笑うな」と恥ずかしそうに言って。


(あぁ、そうか)


 きっと、こうすることから始まるのかもな…。
 クラウドと共に店に戻りながら、ライナはそっと微笑んだ。


体観測
(明日から星空は二番手ね)




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