RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 生きる世界が違いすぎる

留三郎は夢と現実の境目を彷徨っていた。
少しづつ覚醒する意識の片隅で、違和感を覚える。
そういえばただ一つしかないシングルベッドで一緒に眠っているはずの同居人の気配が感じられない。片手で同居人の温もりを探りながら布団の中をゴソゴソする。
やっと目を開けると真っ黒な室内で唯一存在を主張する壁掛け時計を見る。

時間は午前5時――まだ起床時間には少し早いと思いながら起き上がるも、やはり同居人の姿はどこにもない。
トイレにでも行ったのだろうかと寝ぼけ眼で頭をガジカシかくと、ベランダへ出る窓が開いているのに気付いた。

ベッドから抜け出しベランダに出るがやはりいない。たしかここは三階だ。部屋に戻り、念のためトイレをノックしてみるがやはりいなかった。玄関も施錠をしたままだ。
ふと留三郎は何かを感じ慌てて寝間着のまま玄関から外へ飛び出した。

なんの確信もないままアパートのすぐ傍にある小さな緑地公園に着いた。公園の中に立っている一際大きな木を見上げると、そこに探し人である同居人の姿が見えた。

「小平太」

内心ホッとして、枝にもたれかかり身を縮めながら器用に眠る同居人に声をかける。
すぐに眠りから覚めたのか小平太が地上を見下ろし「留三郎」と笑みを返す。心配をかけた自覚はないらしい。下りてくる様子もないので再度声をかける。

「そんな所で寝たら風邪を引くぞ。降りてこい」

留三郎の言葉に小平太は何かを考えるような素振りを見せたが今度はすぐに戻ってきた。地面に着地して先程よりも近くにいる小平太の顔を伺う。いつもと様子が違う。

「どうしたんだ?」

「…この街には山や土がないんだな。硬くて冷たい物ばかりだ」

留三郎の心配げな問いかけに、小平太は目を合わせず見当違いな言葉を口にする。どういう意味だろう?ビルやアスファルトのことだろうか?

確かに小平太の生きていた時代にはそんな物はない。人工物ばかりが主張する現代社会の中で僅かに残る自然を求めてこの公園に来たのだろうか。この緑地だって花壇に少し土がある程度で面積の殆どは人口の芝生で覆われている。木も花も人間の都合で植えた植物だというのに。

「やっぱり昔が恋しいか?」

不謹慎と思いながらも気付いたら聞いていた。小平太は少し考えてからいつもの口調で「分からん」と笑った。


現代を勉強して、現代と同化したものの、所詮は付け焼き刃だ。小平太はこの時代の人間ではない。
たしかに現代は、小平太の存在した時代と比べてはるかに便利ではある。水一杯を川や井戸から汲み上げなければならない戦国時代の生活に比べて、生活に必要な資材は住居にいながら調達できる。
旬でなくても年中好きな物が食べられて、生活環境は娯楽と刺激に満ちている。暑さ寒さの調節すら片手一本でできてしまう。
機械文明の洗礼を浴びた魂体は、決してそれ以前の時代には戻れないだろう。それでいて小平太は自分が生きていた、かつての仲間と笑いあった昔が懐かしいのだ。

(昔は合戦や忍務でいつ命が消えてもおかしくなかったが、それでも人と人の温もりはあった。今は命を奪われる心配はないが代わりに機械ばかりで人の温もりが感じられない)

小平太が思考すると留三郎が「余り考え込むな」と慰めるように小平太の肩を優しく叩いた。

小平太はいつも笑っている。でもその笑顔は何か欠陥しているようにも見える。


――表では笑っているがそれが心からの笑顔には見えない。僕には小平太が人間としての喜びや悲しみが理解できていないように思うよ。


伊作の言葉を思い出す。いつか小平太の本当の笑顔を見てみたいと思った。

「帰ろう」

留三郎が小平太に言い聞かせると、肩に置いた手はそのままに一緒にアパートへの道を歩いた。
上を見上げると夜空の向こうには朝の陽が微かに輝き始めていた。


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