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作品


 死後の世界からの手紙

窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。
今は授業の時間で長屋には誰もいない。その静寂のせいで余計に寂しく感じる。

小平太はそっと布団から抜け出すと夜着のまま、普段は滅多に使わない自分の文机の前に腰を下ろした。
本当は皆と一緒に授業に参加したかったが、毒に染まった身体のせいで今では30分以上も立っていられない。
座学ならなんとかなるかもしれないが、同室者と保健委員長がそれを良しとは言わず仕方なしに欠席した。

文机に白い紙を広げる。
日に日に体力が落ちている感覚はある。死ぬ時に別れの言葉なんてもしかしたら言えないかもしれない。
だったらまだ文字を書けるだけの体力がある今のうちに遺してしまおう。
そう思いながらいざ筆を取るが肝心の言葉が思い浮かばなかった。

できれば一人一人に礼状を書きたかったが、そんな器用なことなんて出来やしない。

"今までありがとう"?
"さようなら"?
"皆に出会えてよかった"?

いや、皆への感謝の言葉は在り来たりな言葉じゃ到底伝えきれない。

不運なのに自分の幸福よりも他人の幸福を優先させる伊作。
優等生で近寄りがたい容姿だが意外と茶目っ気があって一緒にいると楽しい仙蔵。
武闘派と言われながらも誰に対しても優しく幾度となく壊した備品を苦笑しながらも直してくれた留三郎。
ずっと私の我儘に付き合ってくれた無口ながらもよく喋る長次。
五年生の竹谷や体育委員会の後輩にもよく私の我儘でマラソンやバレーに付き合わせてしまったな。
そして自分にも他人にも厳しくて無茶をしがちだが本当は誰よりも強い正心を持っている文次郎。

残されたみんなに伝えたい唯一の言葉。


小平太は仲間の顔を浮かべると思うままに筆を走らせた。
季節はもうすぐ紅葉が落ちる終秋の頃だった。



******



空は厚い雲に覆われて太陽の光が完全に遮断されている。
今にも雪が降りそうなほど寒い季節に変わった。

六年長屋の周辺には生徒の気配はあるもののどれも静かなものだった。
寒い季節のせいかすぐそこまできた卒業の心境か長年苦楽を共にした仲間の死のせいか。たぶんそのどれもだろう。

長次は同室者のいなくなった自室の大掃除をしていた。
年末の大掃除で自分の私物は粗方片付けていたが、その頃は同室者の私物はいつか帰ってくるであろう主の為に置いていた。
今はもう持ち主を失った故人の日常用品に役目はない。
町に行って売れば多少の銭になるかもしれないが、同室者の愛用していた物が見知らぬ者の手に渡るのは嫌だった。ならばいっそ燃やしてあの世の主に届けてやりたい。

小平太の結紐は形見に頂いてもかまわないだろうか。小平太がいつも着ていたお気に入りの松柄の着物は繕ってもいいだろうか。いや、だが俺や文次郎では少し丈が短いから着れない。そもそも文次郎は遺品を持つような過去に囚われる性格でもない。

そんなことを考えながらなんとなしに殆ど使われることのなかった故人の文机の引き出しを開けると見慣れぬ文が置いてあるのに気付いた。
手紙だろうか?送り先は何も記されていない。裏を見てみると差出人の意で隅に"七松小平太"と書かれていた。

長次は僅かに震える手で文を広げるとそこには懐かしい小平太の筆跡が綴られていた。



"私にとって走るということは、精一杯に生きたいと願う心の叫びであろう。
素直であれ。意志であれ。
困難と全力を棄てよ、と心の私はいう。"



いかにも小平太らしい最期の言葉に長次は文を握りしめたまま静かに泣いた。


⇒END

小平太にとって走るという行為は人生そのものなんじゃないかなという妄想。
日本語崩壊警報。


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