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海の見えるまち
am9:52――、駅に降り立つ。
いつもと違うのは、普段より遅い下車時間で今日は休校だということ。そして留三郎の隣には小平太がいる。
今日は六人で出掛けようと約束した当日、集合場所である大学の最寄駅に着いた。
小平太は初めての電車に始終そわそわしている。
改札口を出るとすでに伊作と長次が待っていた。
伊作はいち早く留三郎に気付くと笑顔で「おーい」と手を振る。つられて小平太も大きな動作で手を振りかえす。
「君が留三郎と同居してるっていう小平太くん?初めまして」
伊作は前世や小平太との記憶はないらしい。初対面のように挨拶をし、小平太もさして気にしていないようで笑顔で返す。伊作も小平太も愛嬌のある性格だからすぐに仲良くなれるだろうと留三郎は微笑ましく眺めた。
長次は前世の記憶を持っているが、現世で生身の小平太と会うのは初めてだ。普段通りの無愛想な顔だがよく見るとソワソワしている。小平太と再会したのが嬉しいのだろうと、なんとなく留三郎は思った。
「文次郎と仙蔵ももう来てるよ。駐車場に車を止めてるから行こうか」
四人で駅を出ると小さな駐車場にミニバンが一台止まっている。その前に文次郎と仙蔵が待っていた。
「留三郎、お前遅すぎ」
留三郎と目が合うと文次郎は挨拶代わりに喧嘩口を叩く。留三郎が「うるせえ」と返す横で、仙蔵が興味津々に小平太に声をかける。
「あの二人はいつもあの調子だから放っておけ。集合は10時だったしな、我々も先程来たばかりだ。気にしなくて良い」
仙蔵は初対面の人間にはこんな態度なのか、なんだかくすぐったいなと思いながら小平太も持ち前の明るさで返した。
車には運転席に文次郎、助手席に伊作、二列目シートに留三郎と小平太、三列目に仙蔵と長次が乗り込む。
目的はなんとなく夏が近いから海が見たいと前日から決めていて、横浜に向けて走り出した。
車内はさっそく小平太への質問の連続で盛り上がる。
「ねえ、小平太はどこに住んでたの?」
「こことは比べ物にならないくらいの田舎だぞ」
「こいつ秘境と言われるくらいの山の麓に住んでたんだ。中卒で今まで田舎から出たことがなくてな、電車に乗るのも今日が初めて。しばらく都会の勉強するってんで俺ん家に居候してんの」
「留三郎とはどういう関係だ?」
「遠い親戚だぞ。小さい頃はよく面倒を見てくれたんだ。しばらく会わない内に逞しくなったなあ」
「今は逞しいって事は昔はひ弱だったのかよ?」
「逞しくはなかったがひ弱でもなかったぞ、普通の子供の体系だ。そうだな、昔から優しくてよく面倒を見てくれた。私は一人っ子だったから、留三郎は兄上のようだな」
「「「兄上?」」」
「おいっ小平太!田舎者だからってからかってんじゃねえよ!!」
「え?小平太って何歳なの?」
「7月で18歳になるぞ」
「では文次郎と同じ7月生まれだな」
伊作、仙蔵、文次郎の質問に小平太は無難に答え、必要な時にはさりげなく留三郎が助け舟を出す。さっきからそれの繰り返しだ。
仕方のない事とはいえ、友人に嘘を付くのは内心気が引けた。だが、本当のことを言って信じてもらえるとは思えない。
終わりのない質問攻撃に少し疲れたと小さくため息を付いた留三郎に長次が気付いたらしく「横浜でオススメのスポットはどこが良いだろうか?ランチは皆何が食べたい?」とさり気なく話題をそらしてくれた。
車内には「赤レンガ倉庫!」「遊園地!」「山下公園!」「クレープ!」「それはランチじゃなくておやつだろ」と各自思い思いの希望で盛り上がった。
ランチは混むだろうと少し早めに中華街ですませた。
中華料理は好きだが中華街に来たのは留三郎も初めてだ。小平太と同じように牌楼をはじめ煌びやかな建物の数々に目を奪われていると「まるで兄弟みたい」と伊作に笑われた。
文次郎は実家が横浜らしく高校時代はよく学友と中華街に来ていたようだ。そのおかげで安くて美味い店をよく知っている。伊作と仙蔵も都内出身だからか中華街には家族と何度か来たそうだ。
初めてなのは留三郎、小平太、長次だけだ。
それからは赤レンガ倉庫で買い物をしたり(皆は思い思いに買い物を楽しんでいたが、留三郎は所持金が少ない。小平太も居候の身で戸籍等の身分証明書が一切ないため働けない。そんな小平太の側に長次が付いていた。皆に気付かれないように小平太に何かを買ってあげたようだ)山下公園でクレープや珈琲片手に海を眺めたり(仙蔵と文次郎は相変わらずブラック珈琲、伊作は安定の苺チョコクレープ、小平太は長次に買ってもらったのだろう、御揃いで三段重ねのアイスを食べていた)、男六人で近くの銭湯で汗を流したりと、あっという間に時間が過ぎた。
銭湯では休日なのに珍しく客がいなかったので文次郎とどちらのムスコが大きいか(長次のムスコのデカさに蒼白して勝負は終わった)とか、貸切状態の大浴場で泳ぎだす小平太に仙蔵が「マーメイドみたい!」と茶化すもんだから調子に乗った小平太が壁に顔面強打して鼻血を流す事件も起きた。
そういえば脱衣所で着脱していた時、今更ながら小平太の身体中にある刀や打撲等の古傷を思いだした。
その光景は周りにも異様に見えたようで伊作と文次郎と仙蔵は思わず小平太の身体を凝視したが、誰も何も言うことはなかった。
だんだん日が薄暗くなる。
最後に大きな観覧車に乗ろうと小さな遊園地に向かった。
観覧車の中はせまいため、文次郎と仙蔵、長次と小平太、留三郎と伊作のペアで乗る。
普通は向かい合わせで乗るのが定番だが、なぜか伊作は留三郎の隣にすわった。二人の前には、前のゴンドラに乗って楽しそうに外を眺める小平太が見える。
しばらく黙っていたがふいに伊作が口を開いた。
「小平太って何者なの?」
「何って遠い親戚って言っただろ?何度も聞くなよ」
「そうじゃなくて、あの子の身体の傷!古傷だったし皆の前だから黙っていたけど、あれは相当の深傷だよ。どんなに田舎だからって今どき中卒なのも珍しい。あの子、もしかして家庭内暴力でも受けてたの?」
「…は?」
伊作は真剣に前のゴンドラの小平太を見る。夜景を眺めたり長次と仲良く話しているだろう小平太は伊作の視線に気づいていないようだ。
「…別にあいつは暴力なんて受けてねえよ。田舎だから子供は外で遊ぶもんだ。どんなに気を付けていても川で転倒したり、山で猪に追われることもある。そうやってあいつは強くなったんだ。伊作。お前、変に考えるなよ」
伊作は何かを考えているようで、しばらく思案した後小さく呟いた。
「あの子は表では笑っているのにそれが心からの笑顔には見えない。僕には小平太が人間としての喜びや悲しみが理解できていないように思うよ」
伊作が小平太と出会ったのは今日が初めてのはずだ。それなのに留三郎には伊作の言葉に聞き覚えがあるような気がした。
******
よほど楽しくて疲れたのか帰りの車内の後部座席では仙蔵と小平太が寄り添うように眠っている。小平太は元々が童顔だから違和感がないが、仙蔵も眠っていると案外可愛い。二人の寝顔に内心癒された。
運転席と助手席は相変わらず文次郎と伊作が、二列目シートには長次と留三郎が乗っている。
「…カーナビがあるから替わろうか」と、長次が運転を名乗り出たが「この辺りの道はカーナビよりも俺の方が詳しい」と文次郎が断った。
外はとっくに暗い。家まで送ってくれるという文次郎に有難く礼を言うと「別に俺は小平太が疲れただろうから送るだけで断じて留三郎の為じゃねえ」と素っ気なく返された。
暫くして留三郎の住むアパートに付く。未だ後部座席で眠る小平太を起こそうとする留三郎を長次が止めた。
「…疲れているだろうから寝かせてやれ」
「そうは言うが長次、こいつを起こさないと家には帰れないぞ」
留三郎が答えると長次は眠る小平太を優しく抱きかかえて車から出た。「おい、長次!そんな事したらお前に悪いよ。それに余り小平太を甘やかすな」
慌てて留三郎も車から出て長次の後を追いかける。
車内では「本以外には興味のない長次が興味を持つなんて珍しい」と、文次郎と伊作が笑っていた。
結局小平太は長次に任せて家の鍵を開ける。ドアを開けて玄関の電気を付けてから、長次から小平太を受け取ると礼を言った。
「ありがとう、今日は楽しかった」
「…いや、俺の方こそ小平太の笑顔が見れて良かった。俺達には些細な休日だが、こいつにとっては500年越しの再会だから、うんと甘やかしてあげたかった」
長次は小平太の頭を何度か撫でると、文次郎たちの待つ車へと戻って行った。
とりあえずベッドに小平太を寝かせると、その隣に腰を下ろす。安心しきっているのか小さな寝息が聞こえるだけで身じろぎをする様子もない。
こいつにとって今日という日はどんなに楽しかったことだろう。初対面とは思えないほど、伊作や仙蔵、文次郎と楽しく笑っていた。こいつが生前、一緒に忍びの修行をした学び舎の仲間だった五人と共に。
留三郎は小さく笑うと汗を流しに浴室に向かった。
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観覧車の各組ゴンドラのシーン。
い組も小平太の体の古傷について話してますし、ろ組は前世の懐かしい話で盛り上がってます。
それぞれの会話も書きたかったのですが如何せん文才がなくてすみません。
某観覧車のゴンドラが小さい訳ないじゃない(ツッコミ)
実際乗った事はないのですが調べたら6人くらい?乗れるみたいですねwww
あと銭湯での鼻血事件は忍ミュの役者さんネタです。
南羽仙蔵と林小平太の事故。あの二人まじ仙蔵と小平太すぎて好き。