RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 時代と物質の文明開化

小平太が留三郎の住むアパートに居候してから早くも一ヶ月が経とうとしている。
今では家の家事全般を安心して任せられるようになったが、最初は凄いものだった。

小平太の見るもの聞くものがすべて理解しえないものだった。
まず電灯という夜でも明るい照明に目をくらませた。以前まで憑いていた小さな神社の境内でも夜は明かりが灯っていたが拝殿や社務所の中には一度も入っていないのでこんなに明るいものだと思わなかった。
たまに行われる祭りでだってここまで明るくはなかった。

(夜でもこんなに明るいのなら、あの時代の長次は喜んで徹夜の読書をしていただろうな)とつい昔の友人を思い出して小さく笑った。

つまみをひねると火の出るガスや水の出る水道にも仰天した。
火なんて一度消えたら再燃するのに時間がかかる。忍者だって打竹という竹筒の中に火種を入れた火種入れを持っていたが、ガスという物は片手だけで火の付消ができる上に微妙な火加減も簡単に調節できる。
水道にいたってはわざわざ水を汲んで蓄えなくてもひねるだけで無限の水が出るというのだから驚きだ。
目に映る物の一つ一つが驚異の的、衝撃の連続だ。
小平太は物質文明のカルチャーショックを大いに受けた。

現在人には便利な物でもそれを知らない者が下手に触れば大きな事故にもつながる。
大学生であり自身の小遣いをバイトで稼がないといけない留三郎は家にいる時間もそう多くはない。
小平太を独り家に閉じ込めることに内心罪悪感を抱いていた留三郎は就寝前のわずかな時間や予定のない休日を使って、現代についての特訓を開始した。

まずは家にある身近な器具の名前や取扱い方法や注意点を叩き込む。
一番大切なガス・電気・水道・トイレ・風呂から始めてテレビ・エアコン・洗濯機など様々な電化製品の使い方を教え、次に時間・金銭・現代社会の仕組みなどを簡単に教え込ませた。
小平太にはそのどれもが新鮮に見えたのだろう、興味津々にカラクリの仕組み等を質問するが中には留三郎にも答えられないものが沢山あった。
忍術はもともと科学の応用であるし、小平太は忍者として的確な自然科学の知識があったので理解が速い。
500年間のカルチャーショックはあったものの、その基礎である土壌は同じだった。

とりあえず身辺の現代をマスターすると今度は食事の買い出しと調理器具、簡単な料理を教える。
調味料等を教える際に胡椒を目にした小平太は「留三郎はこんな高級な物を持っているのか!?」と心底驚いていた。「そんな物どこの家庭にだってあるぞ」と答えると、小平太の時代では胡椒はとても高級で貴重な薬だったそうだ。

試しにアパートから一番近いスーパーへ小平太と一緒に買い出しをしながら色々教えたが、その後小平太は一人でそのスーパーに行くことはなかった。
聞けば店員や他の客の視線が気になって買い物に集中できないそうだ。そんなに目立った行動はしてないだろうが、多分みな小平太の量の多い長髪が珍しくてつい視線が行くのだろう。留三郎だって小平太に会うまではこんなに長い髪の男を見たことがなかった。昔なら当たり前だろうが今では珍しい。「髪を切るか?」なんてデリカシーのない提案ができる訳もなく留三郎はそれ以上何も言わなかった。

そんな訳で平日の夕食は小平太が、朝食と休日の三食は二人で分担、または一緒に作っている。
留三郎が大学にいる間は昼食は学食ですませている。対して小平太は留三郎が留守だとその間ずっと絶食をしてしまう。朝食を多めに作って小平太の昼食用に置いて出ても、それをそのまま二人の夕食にされてしまうこともあった。
元はプロの忍者なのだから絶食なんて苦ではないのだろうが、それでも現代人の留三郎からすればやはり心配してしまう。朝食は本人に気付かれないように少し大盛りによそった。



留三郎が大学にいる間、小平太は室内で大人しく本を読んでいた。
照明やテレビは電気代というものがかかるらしい。現代の物質文明を使うにはお金がかかるのだ。
小平太は極力昼間は部屋のカーテンを開けて太陽の光を取り入れ、自然の風で部屋の温度調節を行った。
外からは時折通行人の声や鳥の鳴き声、小平太の時代にはなかった車のエンジン音が響く。
室内にまで吹く風は気持ちいいが外から入る空気は排気ガスで淀んでいて少し息苦しい。こんなことを留三郎に言ったら心配するだろうからずっと黙っているが。

そんな一人の時間を小平太は留三郎の私物である歴史書や料理本を読んで時間をつぶしていた。
字体は珍しいものもあったが幸いにも彼の学んだ文字の大多数がそのまま通用した。言葉遣いや用語によっては知らないものもあったが大体のものは現代の言葉の方が彼の時代よりも平明だった。
その中で難題だったのが片仮名で書かれた南蛮の言葉だ。室町時代では片仮名は漢字の補助文字として使われていたが現代では南蛮の言葉を表すのに用いられるらしい。日本語の中にもおびただしい外国語が平然と入り込んでいて何度も混乱した。



******



留三郎が大学から帰ってきた。今日はバイトのない日だから帰宅が早い。
先にシャワーを浴びてもらい、その間に夕食の仕上げを作ると浴室から鼻歌が聞こえて小平太は小さく笑った。浴室から出て二人そろった所で食事を始める。
帰った時から気になったがどうも留三郎の様子がおかしい。そわそわしているような落ち着きがないような。小平太がそれとなく聞こうと口を開く前に留三郎が告げた。

「今日、長次が言ってたんだかな。今週の日曜なら潮江も立花も用事がないそうだ。伊作と長次も何も予定を入れてないそうだから、皆で出掛けようか」

「本当か!?」

箸を持つ手を止めて小平太は目を輝かせながら留三郎を見つめる。もともと喜怒哀楽が素直な子だ。まるで尻尾を振る子犬のようで思わず笑ってしまう。肯定すると今度は小平太がそわそわと落ち着きをなくした。

「楽しみだな、皆は変わっているだろうか?姿形が変わっても根本的なものが変わってなければそれで良い。まさか本当に会えるなんてな。私のことなんてもう忘れているだろうか?いや、皆の記憶から私が消えても、皆が幸せなら私も嬉しいぞ。お別れじゃない、また初めましてから始まるんだ!こんなに嬉しいことは他にない。早く日曜にならないかな。早く皆に会いたい」

同意を求めているのかただの独り言なのか、小平太は始終嬉しそうに落ち着きなくそわそわとしていた。


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