RKRN小説/長編 | ナノ
作品


 忘れ去られた記憶

生身の体になった小平太と生活してから数日後の月曜日。
留三郎は自身の通う大学にいた。

つい先日まで一人暮らしだった狭いアパートでは小平太が留守番をしている。少し心配ではあったがそれを理由に講義を休むわけにはいかない。留年なんてもってのほかだ。
実家はそれほど裕福でもなくごく普通の家庭だったが、大学に通うことになった留三郎の親は学費と生活費を送ってくれる。バイトを始めて痛感したが金を稼ぐのは楽でも簡単でもない。出来るだけ両親には親不孝をしたくないと思うくらいには留三郎は真面目な性格だった。

昨晩も今朝も独りになる小平太に三つの約束を言い聞かせてきた。絶対に家から外に出ない。家の中の分からない物は触らない。家の中で騒がない。
小平太は素直に返事をしたし、元はプロの忍者だったというので大丈夫だとは思うが、なんとなく心配だった。
朝食をすませて小平太の昼食用とおやつ用にコンビニのおにぎりとスナック菓子とコーラを机に置くと「断食なんて慣れてるから数日抜いても大丈夫なのに」と小平太は笑った。

午前の講義が終わり学食に行く。
留三郎の会いたい人物はそこにはおらず、早々に昼食を食べ終えると今度は図書館へと向かった。
大学の図書館は広かったが留三郎の目当ての人物はすぐに見つかった。読書中にすまないと思いながら後ろから静かに声をかける。

「長次」

そこでやっと留三郎の気配に気づいたのか、長次が振り向いて留三郎に軽く会釈した。

「大事な読書中のところ悪いんだが話したいことがある。少し時間をくれないか?」

「どうした?」

「長次は知ってるんだろ?”小平太”のこと。あいつについてお前と話がしたい」

留三郎が小平太の名前を出した途端、長次は眉間をほんの少し動かした。やっぱり思い当たる節があるのだろう。長次は読みかけの本を閉じると、すでに貸出許可を貰ったのだろう大切に持ちながら立ち上がった。

「…ここではなんだから、キャンパスでゆっくり話そう」

そう長次は言うと図書室を後にした。



ちょうど木陰になっているベンチに座る。
留三郎が本題に入る前に珍しく長次の方が口を開いた。

「小平太は留三郎の元にいたんだな」

「いたというか会ったのはつい最近。気付いたらあいつ俺の家に憑いてきたんだ」

それから留三郎は小平太との出会いを長次に話した。GW中に実家に帰り、高校時代の仲間と行った尼崎市の神社の境内で小平太と出会ったこと。最初は瞬きをするくらいの数秒しか彼の姿を見ず幻覚だと思ったが、一人暮らしのアパートに彼がいてこの世の者ではないと理解したこと。最初は幽霊に憑かれるなんて冗談じゃないと思ったが何日もすると別に悪さをするわけでもなくてすっかり慣れたこと。ある夜に流れ星を見つけてなんとなしに「小平太の声を聞いてみたい」と願掛けをしたら、翌日生身の人間になって隣にいたこと。小平太が話したことも言うと長次は懐かしそうに時折頷きながら聞いてくれた。

「あいつのいた世界でも俺たちによく似た奴がいたらしい。これって俺たちの前世が小平太のいた時代につながってるってことだよな?」

「…ああ、現に私は小平太や留三郎と一緒に過ごした忍びのたまごの頃の記憶を持っている」

「やっぱり。なぁ、どうして俺たちはこうやって現在を普通に生きているのにあいつは500年もあのままなんだろう?何が理由でこの世を彷徨っているんだろう?」

小平太本人にこの質問をぶつけたことはある。だがあいつはいつもの笑顔で「分からん」と言った。何かを隠しているのだろうか、500年もの年月で本当に忘れてしまったのだろうか。
だが理由もなしに肉体を失った魂がいつまでもこの世を彷徨えるとは思えない。死んだら魂はまた違う生命としてこの世に生まれる。それを輪廻転生という。今の留三郎はこの思想を否定する気にはなれなかった。

留三郎が黙り込むと長次が口を開いた。

「…私は残念ながら学園を卒業してから一度も小平太に会っていない。忍者の学園にいたのに忍者にならず諸国を巡ったのち南蛮に密入国をしてけっきょく日本には帰国できずに死んだから。だから卒業後の小平太が何をしたのか何を見たのか何を思って死んだのか私には分からない」

少し話しすぎて疲れたのだろう、小さく深呼吸をしながら長次は再度言葉を続ける。

「学園時代、小平太と同室だったのは私だが、小平太が一番好いていたのは留三郎だ。だからあいつはお前に会いたくてずっと待っていたんだと思う」

500年越しの再会なんて素敵じゃないかと長次は言うと笑顔で留三郎を見た。なんだか嬉しくもあり恥ずかしくもあり留三郎は赤面しながら視線をそらす。そこで小平太の言葉を思い出した。

「そういえば小平太の奴、みんなに会いたがってた。伊作は良いんだが、仙蔵と文次郎の野郎は俺の口からは誘いにくくて…長次の方でなんとか予定を合わせてくれないか?」

そう言うと長次は留三郎は仙蔵や文次郎とは距離を置く程度には苦手なのに小平太の為なのだと素早く理解すると了承した。留三郎が全員を誘うよりも長次が誘う方が変にからかわれる心配もない。
久しぶりに全員がそろう。そうしたら小平太の笑顔が見れる。と内心長次は喜んだ。



******



「ただいま」

念のため施錠をしていた扉を開く。大学が終わりバイトからアパートに帰ると部屋は明かりも付けず真っ暗だった。

「小平太?」

寝ているのかと思い部屋の電気を付けるも小平太は起きていた。ベットの前で座りながらTVの横で咲きほこるヒマワリを見ていたようだ。留三郎と目が合うと急に笑顔になり「おかえり!」と遅い返事をする。
仕方のないことだがずっと家に閉じ込めて悪いと思いながらおもむろに机の上を見たらおにぎりとコーラが一口づつ手をつけられただけでそのまま置いてある。スナック菓子に至っては封が開いてさえもいない。

「お前そんなんじゃ痩せるぞ?」

言うと小平太は苦い顔をした。聞けばコンビニのおにぎりは薬品のような味がするそうだ。試しに留三郎も食べてみるがいたっていつものおにぎりと変わらない。添加物のせいか。室町時代の忍者なんだ、味覚には相当敏感なのかもしれない。コーラに至っては炭酸が未知の感覚なのだろう。人間の食する物ではないと相当嫌な顔で否定された。

「水道の水を飲んだから大丈夫だ」

小平太が笑いながら留三郎を心配させまいと報告する。ということは冷蔵庫の中の物にも一切手を付けなかったということか。小平太に冷凍物や外食は食べさせられない。少し大変だと思いながら遅い夕食を作ろうと狭いキッチンに向かうと朝置き去りにしていたはずの食器がシンクにない。

「悪いと思いながら見よう見まねで食器を片付けたんだ。洗濯物も片付けた。私にはこれぐらいしか出来ないから」

小平太が勝手なことはするなと言われたものの居候の身で少しでも役に立ちたいと、少し不安気味で留三郎に報告する。

簡単な、でも出来るだけボリュームのある夕食を作り、それを二人で食べる。一人暮らしを始めて実感するが、実家を離れたら家事は全て自分でやらないといけない。それを同居人がしてくれるということはその分自由な時間が増える。今まで何でもしてくれた母親と目の前の同居人に感謝した。

いざ寝ようとすると小平太が硬いフローリングの上でクッションを抱えて座りながらそのまま寝ようとしていた。
つい可哀想で思わず止めたが、ベッド以外に寝具も何もない。困ったと思いながら一緒にベッドを進めたら嫌がると思ったものの案外すんなりと潜り込んでくれた。

寝具に包まれてからの小平太は本当に幸せそうで留三郎の手を握りながら頻りに話しかけてきた。
至近距離に内心ドキドキしながら聞く。少し高い声が聞いていて心地よかった。いつの間にか会話は途切れていて、部屋は小さな寝息と温かい温もりと暗闇に包まれていた。


⇒next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -